バカじゃないカップルっているの? いつも通りの朝だった。ひとつ前の島を出航してから数日、航海は極めて順調。波も穏やかで敵船の影すら見当たらないことから、ハートの海賊団は晴れ渡る青空のもと悠々とグランドラインを進んでいた。 浮上した潜水艦の甲板では、掃除当番のクルーのそばで組み手をする者、和やかに釣りやカードゲームに興じる者など、思い思いがのんびりと時間を過ごしている。 「とうとう明日だなっ!」 「お前がはしゃいでどうする、シャチ」 「ばっ…年に一度の記念日だぞ!?普通テンション上がるだろおお!」 そんな中、洗濯かごを抱えてやって来たナマエだったが、耳に飛び込んできたシャチとペンギンの会話に、彼女の足がピタリと止まる。いつも元気いっぱいのシャチだが、今日のテンションは隣に立つペンギンも引くレベルだ。 「二人ともどうしたの?」 「おっ、ちょうどいいとこに来たな!ナマエもペンギンに言ってやれよー」 「へ?何を?」 「いくら明日が十月六日だからって、シャチははしゃぎすぎだ」 「ほら、この反応冷めすぎじゃね!?なぁ!」 一体明日は何があるのだろうかと、不思議に思ったナマエが純粋な疑問を二人へぶつけてみたものの。投げかけた疑問符は更なる謎を呼ぶだけで、大きく膨らんだ後にまた彼女へと跳ね返ってきてしまった。 「……えっと…?明日って何かあったっけ?」 「は!?」 「……!」 いよいよ意味が分からないナマエが、困惑しきった表情のまま小首を傾げる。それを受けた二人の反応は両者それぞれであるが…端的に言えば、絶句だった。 ずり落ちたサングラスを鼻頭に引っかけたまま、あんぐりと大きく口を開けるシャチに、いつもは真一文字に結ばれているペンギンの薄い唇も、呆けたように薄く開いている。きっと防寒帽の下で、眉を顰めていることだろう。 「えっ…何なの、その反応…」 「いやいやいや!何言ってんだよナマエ!」 「…う、だって…分かんないんだも…ん」 「……本気で言ってるのか?」 「ホントだってば!もう、さっきから二人とも何なの!」 信じられない、何だこいつ。とでも言いたげなシャチとペンギンの視線に耐え切れず、ナマエが声を荒げた――まさにその時である。船内へと続く分厚い扉の向こうから、ベポを引き連れてローが姿を現した。 「何騒いでんだ、お前ら」 「船長!!」 「あっ!ねえ、ローさんは知ってる!?明日が何の日か!」 「っ、ナマエ…待て!」 「……明日、」 「うん、十月六日って何か特別なことあったっけ?」 後にシャチが他の船員に語ったところによると、この瞬間確かにローを中心に半径二メートルほどの範囲で空気が凍るのを感じたそうだ。ペンギンもその余りの息苦しさに、一瞬意識が遠のいたと言う。"ROOM"が発動していなかったことだけが救いだった。 「なに言ってんのーナマエ?明日はキャプテンの誕生日でしょ!」 「……は、い?」 「ごちそう楽しみだなーっ」 「ちょ、おま…こっちの世界のことなら知ってるとか言ってたくせに…船長の誕生日知らねーとかねぇわ…」 目が点になるナマエをよそに無邪気に明日のごちそうへ思いを馳せるベポと、若干後退りしながら白い目を向けてくるシャチ。それに同意するようにうんうんと静かに頷くペンギンの姿を見て、ようやく事の重大さを理解したナマエの額を冷や汗が伝う。 「…え、うそ…誕生日…?」 「……別に、誕生日くらいで騒ぐ歳でもねェ…」 「とか言いながら、めっちゃ口尖ってるしー!」 いやいや待ってよ、だってそんな情報まだ漫画に出てなかったんだってば!などと、慌てて弁解を試みるナマエだったが、不貞腐れたように視線を合わそうとしないローの様子を見れば、機嫌を損ねてしまったことは明らかだった。 「あーあ、キャプテン拗ねちゃった」 「拗ねてねェ…」 「ろ、ローさぁーん…!」 機嫌直しは一日ご奉仕券でいかがでしょうか。 title / にやり 2012.10.5 |