愛は最優先事項なわけであります




ナマエやローをはじめとするハートの海賊団ご一行が、この島へ辿り着いたのはほんの偶然からだった。


前の島を発ってから数日。順調に航海を続けていた黄色い潜水艦だったが、それは逆を言えばどこか物足りない、暇を持て余した日々でもあって。

そんな中、船はログポースが指し示したのとはまったく別の方角に小さな島の輪郭を捉えた。見張り番のクルーからの報告を受け、ローは早々に寄り道を決める。刺激のない毎日にどうやら彼にも飽きがきていたようだ。



*****



「とりあえず1日遊んだら、物資を調達して明日の正午に出発だ。遅れた奴は放って行くからな」



船長ローの簡潔な解散の号令を受け、クルーたちは雄叫びを上げん勢いで元気よく返事をしてから街へと飛び出していった。


実はこの島、ログポースの指針が引っ掛からなかったのも無理はない。グランドラインの島々特有の磁気を発していない、人工の島なのだ。それもリゾート用に開発された娯楽に満ち溢れた島なのだから、クルーたちの喜びようも理解できる。


島に一歩入った途端、その辺を歩く人たちも開放的な水着姿だったりでリゾート気分満載だ。その所為か、隣に立つローの不健康そうな顔色と物騒な長刀がやけにミスマッチに見えて、ナマエは可笑しくって仕方がなかった。笑いを噛み殺すのに必死である。



「…おい、何笑ってやがる」

「え、笑ってない笑ってない!…あ!そうだ、私たちもどっか行ってみる?」

「誤魔化してんじゃねェ」

「いだっ、痛い痛い!ローさん、ごめんなさいッ!」

「…ふん、分かりゃいい」



二億の賞金首ともなれば、内心でこっそり笑ったことも悟られてしまうのか。これからは気を付けよう――そうナマエが心に誓いながら、容赦なく抓られた頬っぺたを労わるように擦っていると。



「とりあえず行くぞ」

「えっ…行くって、どこへ!?」



いつの間にやら観光用パンフレットを手にしていたローが、彼女の左手首を引っ張って歩き出す。特に目指す場所がある風ではなかったけれど、それでもナマエは嬉しかった。

こちらの世界へやって来てからというもの慌ただしく毎日が過ぎていくばかりで、せっかく想いの通じ合ったローとも二人きりでゆっくり過ごす時間がなかなか持てなかったからだ。



「…わー、潮風が気持ちいいねー」

「毎日海の上で浴びてるけどな」

「もー!ローさんはムードがないなー」



海沿いの遊歩道を歩きながら思ったままのことを口にしたナマエだったが、ローの情緒のない一言に拗ねたように頬を膨らませる。しかしそんな子供っぽい様子もローのツボに入るだけで。

くつくつと喉の奥で堪えるような笑い声をこぼすものだから、余計にナマエはへそを曲げるばかりだった。



「おい、怒んなよ」

「怒ってません!」

「じゃあ拗ねんな」

「拗ねてないっ」

「嘘吐くのはこの口か?」



そっぽを向いたナマエのよく伸びる頬を引っ張りながら、ローがニヤリと笑う。涙目で見上げる形となったナマエが悔しそうに眉を寄せると、意地悪な動きをしていた手を緩めて赤くなった頬をゆるゆると撫でた。



「…っ、そんな今さら優しくしたってダメなんだからね!」

「フフ…手厳しいな」



そう言いながらもローの手のひらは頬を優しく撫でる。その温かさと感触にさっきまでの怒りも忘れ、だんだんとくすぐったさを感じ始めたナマエ。気まずそうに目を左右に動かしながら、彼女が小さく呟いたのは可愛らしい仲直りの合図だった。



「……ジュース、飲みたい」

「買ってきてやるから、それまでに機嫌直しとけよ?」



そう言い残すとローはナマエを近くのベンチに座らせて、少し離れた場所に建ち並ぶカフェを目指して歩き出した。

その後ろ姿を見送ってからしばらく経った頃――ナマエは背後から聞こえてきた、びちゃびちゃという水音に驚いて慌てて後ろを振り返る。



「………えっ」

「…ああ゙?誰だてめェは」

「え、いや…誰っていうか…」



振り返った先、すぐそこの海から上がってきたと思われる全身ずぶ濡れの状態で立ち尽くしていたのは……麦わらの一味の緑髪の剣士さんだった。


(ていうか、まず何でずぶ濡れ…?なぜ海から登場した…!?)


激しくツッコミたい衝動を抑えつつ、冷静さを取り戻すべく何度も瞬きを繰り返すナマエ。さっきまでのローを待つ、どこかくすぐったくも甘酸っぱい空気は一瞬にして霧散した。



「…あの、もしかしなくても…海賊狩りのゾロさんですよね…?」

「おれのことを知ってんのか」

「ええ、まあ…ところでゾロさん、今からどちらへ?」



きっとこの人、また迷子になってるんだ――そう確信したナマエがここで会ったのも何かの縁、行き先が分かるのならば案内してあげようと親切心から尋ねれば。



「ああ、ちょっと急な買い出しでな。ミニメリーでぐるぐる眉毛と出て来たはいいが…嵐に遭っちまってな」

「えっ、それ遭難じゃないですか!」

「そうなのか?」

「ダジャレ言ってる場合じゃなくて!」

「あ゙?何言ってやがる」

「…あっすいません、無自覚でしたか…」



どうにも噛み合わない会話に、ゾロとナマエの間に微妙な空気が漂い始めた頃。ストローの刺さった紙コップ片手に、ローが戻ってきた。ナマエの傍らに立つずぶ濡れの怪しい男の姿に、思わず左腕に持っていた刀を抜こうかと身構えた瞬間――



「あっ、ローさん!」



ローの姿をいち早く見つけたナマエが気まずい空気を払拭するがごとく、ローに駆け寄る。と同時に、つられて振り返った男の顔を見てローがわずかに目を見開いた。



「お前…麦わらのとこのロロノアか…?」

「何だ、てめェもおれのことを知ってんのか」

「そうなんだよ、ローさん!いきなり海から出てきてびっくりしたのなんのって…」

「……海?」



まったくもって意味が分からない、とでも言いたげに頭上にいくつもの疑問符を浮かべたローが、怪訝な表情を目の前に立つずぶ濡れの男へと向ける。



「ったく、あの眉毛…どこほっつき歩いてんだ」



そうこうしているうちに、やれやれと大きな溜め息を吐きながらゾロはその場へ腰を下ろした。すぐそばにベンチがあるにもかかわらず、どかりと地面に胡坐をかくゾロ。だがしかし、そこにツッコむより先にナマエは声を大にして言いたかった。


(自分が遭難して迷子になってるって気付いてないよ、この人!!)


思った以上に重篤なゾロの様子に頭を抱え始めたナマエと、未だに疑問符を浮かべ続けるローをよそに、迷子常習犯のゾロはそのまま鼾をかき始めた。どうせそのうちあいつらもここにやって来るだろうと高を括りながら。



「何なんだ、一体…」

「…寝ちゃったね…どうしよう…」

「どうしようもこうしようも、放っておくしかねェだろ」

「でも、遭難してたみたいで…」

「遭難?意味が分からねェ……行くぞ」

「えっ、あっ…でも…ッ」

「せっかく二人でゆっくり出来んのに、くだらねェことに邪魔されたくねーんだよ」

「……え…ぁ、うん…」



仲間と離れたままのゾロを心配する気持ちはあるものの、ローの言葉から彼も自分と同じ気持ちでいてくれたんだと、照れくささの混じった嬉しい気持ちがこみ上げてきて。

ナマエは渡された紙コップの冷たさで火照る頬を冷ましながら、自らの手を引いて歩くローにそっと寄り添った。






結局キミの声を最優先してしまう理由、すなわち愛






2012.7.2



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