PM 23:00




当たり前のようにお風呂場でコトを始めようとしたローから何とか逃げ切り、今はリビングのソファで濡れた髪の毛をドライヤーで乾かしているナマエ。その隣では、上半身裸に下はスウェットというラフな格好のローが、冷蔵庫から取り出した本日3本目の缶ビールを喉を鳴らしながら美味そうに飲んでいた。



「一人だけ飲んでないで私にも持ってきてよ」

「あ?自分で取りに行けよ」

「だって今忙しいんだもん」

「どこがだよ。髪乾かしてるだけだろ」

「それぐらいしてくれてもいいでしょー?ケチ!」

「ハッ、ケチで結構」



ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたままソファへ寝転がるローを睨みつけながらも、ナマエは諦めて冷蔵庫へと向かった。週末に6缶パックを買っておいたから、確かまだ半分は残っているはずだ――と、キンキンに冷えた缶ビールを頭に浮かべる彼女だったが。



「えっ、うそ!何でもう無いの!?」



冷蔵庫を開けてびっくり、忽然と姿を消してしまった缶ビールに驚きの声を上げた。もしやと思い当たり、背後のソファで寝ころぶローを勢いよく振り返るが、わざとらしくテーブルの上のファッション雑誌を手に取る男の姿にますます疑念が深まった。



「ねえロー、冷蔵庫に入れといたビール飲んだでしょ」

「ああ、今飲んでるコレだろ?」

「違うし。それ入れてまだあと3本残ってたはずなんだけど?」

「気のせい、」

「じゃありません!ロー、昼間飲んだでしょ」

「………」



無言、是即ち肯定と判断したナマエの目がつり上がる。きっとこれが漫画なら、間違いなく背景に「ゴゴゴゴゴゴ」という擬音がついているはずだ。どすどすと足音を鳴らしながらソファまで戻ってきたナマエが、ローの眼前にぴしゃりと人差し指を突き立てる。



「ビールは1日1本までって言ったよね!?」

「…ぎゃあぎゃあうるせェな…」

「はあ?誰のせいで口うるさくなってると思ってんの!」

「そんな怒ってばっかりいるとシワが増えるぞ、ナマエちゃん?」

「黙れ、この穀潰し…!」

「おいおい、ひでェな」



反省の色が見られないローの様子にすっかり機嫌を損ねてしまったナマエは、フグのように頬を膨らませたままローの座るソファに背を向け、床の上で体育座りの姿勢を取っている。



「なあ、悪かったって。んな怒るなよ」

「ローなんかもう知らない」

「機嫌直せよ、ナマエ?」

「私もお風呂上りにビール飲みたかった…!」

「あー…明日スーパーで買って来てやるから、な?」



背を向けたまま目を合わせようとしないナマエの背後から、拗ねた顔を覗き込むようにつんつんと膨れた頬を突くロー。はじめは無視していたナマエもしつこく指先を頬肉へ埋めてくるローに根負けして、ちらりと視線を遣る。



「……次また約束破ったら、発泡酒しか買わないんだからね」

「ああ分かった、約束な」

「ん、」



差し出された彼女の小指。ローの骨張った浅黒い指とは正反対の白くてほっそりとした指先に、指きりのかわりにそっと口づけを落とした。満足げに弧を描いた唇から伝わる熱に、くすぐったさを感じたナマエが小さく笑う。






結局は愛し愛されている、PM23:00






2012.8.17





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