PM 22:00




縺れ合うまま床に組み敷いて、ナマエへと覆い被さろうとするローの動きを止めたのは他でもない、今まさに捕食されかかっている彼女自身だった。



「ちょ、ちょっと!ロー!ストップ!!」

「何だよ、邪魔すんな」

「それはこっちのセリフ!まだ洗い物終わってないんだってば!」

「別に明日でもいいだろ」

「よーくーなーいーのー!」



ぐいぐいと顔を近付けてくるローの顎に手のひらを当てて、必死で押し返すナマエ。あと数センチで唇が重なるその瞬間、ゴチンと鈍い音を立てて唇よりも先におでこがぶつかり合った。というか、ナマエ渾身の頭突きがきれいに決まった。



「…ってェな、この石頭!」

「うるさい!この万年発情期!」

「仕方ねェだろ、ムラムラすんだからよ」



至極当然、何が悪いと言いたげな表情を見せるローの身体の下から、何とか這い出たナマエが大きくため息を吐いた。この男の欲求にまともに付き合っていては、体力がもたない。



「とりあえずさ、お風呂入ってきたら?」

「なに話逸らしてんだ」

「いや、だって…」

「よし、じゃあお前も一緒に入るか?」



ここはひとつお風呂にでも追いやって、さっさと洗い物を済ませてしまおう――そんなナマエの思考を知ってか知らでか、とんでもない交換条件を出してきたロー。盛りのついたこの男と一緒にお風呂なんて、危険度は増すばかりである。



「え、よしって何、じゃあって…」

「先に風呂行ってるからすぐ来いよ」

「ちょっ、勝手に決めるな!」



そしてナマエの制止を気に留めるでもなく、ローはあっさりと彼女へ背を向けるとリビングを出て浴室へと向かってしまった。取り残されたナマエは、先ほどよりもさらに大きなため息を吐くこととなる。


いっそ無視してしまうことは容易いが、一度へそを曲げたローの機嫌を直すのは骨が折れる。これまでの経験上それをイヤというほど理解しているナマエは、ローがのぼせてしまう前にお風呂へ向かうべく、急いで残りの洗い物に取り掛かるのだった。



*****



「ロー、入るよー」



今さら裸を恥らうような仲ではないが、かといって生まれたままの姿で堂々と登場するには抵抗があるナマエが、タオルを身体に巻いて浴室の扉を開ければ。浴槽に手足を投げ出してくつろいだ様子のローが、じとりと彼女を睨み上げた。



「遅ェ…」

「ごめんごめん。あ、ねえ髪洗ってあげようか?」

「……目と耳ン中に泡入れんなよ」



待ちくたびれたと文句を言いたげなローに苦笑いしつつ、そんな彼のご機嫌取りのためにナマエが洗髪を申し出ると。むくれた表情のまま、しかし素直に湯船を出てバスチェアへと腰掛けるロー。


半ば強制のような形でお風呂を共にする際、ナマエがローの髪を洗うこともあるのだが、絶妙な力加減と丁寧な手つきで施される彼女のシャンプーを、何だかんだで気に入っているのかもしれない。



「かゆいところない?」

「ああ」

「気持ちいい?」

「ああ」

「私のこと好き?」

「ああ……あ?」



泡まみれの頭をナマエの手に委ねたまま気持ち良さそうに瞑目していたローが、思わぬ問いかけにぱちりと目を開く。ほぼ無意識の状態で発した肯定の言葉に、しまったという表情を浮かべるが後の祭りだ。

だがそれをしっかり耳にしていたナマエは、もこもこの白い泡をさらに泡立たせながら、嬉しそうに笑った。






上気した頬は湯けむりでカモフラージュする、PM22:00






2012.8.12





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