PM 20:00




ローの腕から抜け出したナマエが、部屋の壁にかかった時計を見遣れば。針が指し示していたのは、いつもならとっくに夕食の準備が整っているくらいの時刻だった。それに気づいてしまうと、途端に腹の虫が騒ぎ出す。



「ローもお腹空いたでしょ?……っと、うわ!」



時間もないし今夜はミートスパゲティでいいか、なんて冷蔵庫の中身を思い浮かべながらキッチンへ向かっていたナマエ。頭の中はすっかり夕飯のことでいっぱいで、足元に転がる紙袋の存在に気付かず、盛大に躓いてしまった。



「びっくりしたー…何?この袋…」

「何やってんだ、相変わらずマヌケな奴だな」

「う、うるさいなー!」



キッチンへ向かうナマエの背を目で追っていたローも、一部始終を目撃して呆れ顔である。しかし紙袋を手にして不思議そうに首を傾げる彼女の姿に、ニヤリと愉しげな笑みを浮かべた。



「開けてみろよ」

「え?これ?」

「ああ」



ローの言葉に一体なんだろうと訝しみながらも、素直に紙袋から覗く四角い箱を取り出したナマエ。包装紙に包まれた箱にはサテン地の赤いリボンがかかっていて、一目見た瞬間にドキドキと心拍数が上がる。いくつになっても女の子はこういうスペシャル感に弱いものだ。



「どうしたの、これ…」



そっとリボンを解いて、破れないよう丁寧に開いた包装紙。真っ白な箱の中から姿を現したのは、赤い花飾りのサンダルだった。ヌバックで作られた花びらは何枚にも重なって華やかなボリューム感を生んでいる。



「好きだろ、そういうの」

「うん、かわいい…」



ローの言う通り、まさにナマエ好みのデザインだった。きっとスカートやワンピースと合わせる女性らしいコーディネートにもぴったりだし、スリムジーンズと合わせてカジュアルダウンしてもいい感じだ。



「ありがとう、ロー!」



両手に持ったサンダルを胸に抱えるようにして、零れんばかりの笑顔でナマエが笑う。自分好みの品をプレゼントされたことはもちろんだが、ローからの贈り物であるという事実が何よりも彼女を喜ばせた。

自分が贈ったサンダルにすっかり心を奪われているナマエに、ローも満更ではない様子だったが。ふいに、彼女を見つめるローの表情が翳る。



「……?どうしたの?」

「…スロットで稼いだ金でプレゼントなんて、ダセぇけどな」



自嘲気味に薄く笑ったローのすぐそば、彼の定位置であるソファまで戻ってきたナマエが、体当たりするようにローの胸へと飛び込んだ。もちろん両手には大切そうに抱えられた、赤い花飾りのサンダル。



「ローのばか…っ」

「………」

「ローは何にも分かってないよ、私…こんなに嬉しいのにっ」

「ナマエ…」

「私のこの嬉しい気持ち、ローが否定しないでよ…!」



怒ったようにローを睨み上げるナマエの瞳は、じわりと込み上げてくる熱いもので潤んでいる。気丈に見えてその実、彼の言葉に傷ついているような何とも言い難い表情に、思わずローが息を呑んだ。



「……悪かった」

「ん。ねえロー、そりゃ働いてほしいって思うこともあるけど、でもこうやって私のことを考えてくれたってことが嬉しいんだよ?」

「ああ」

「…大事にするから、ね」



そう言うと、少しだけ眉を下げて泣き笑いのような顔を見せたナマエ。喜ばせようと思ってプレゼントしたはずなのに、結局いつも自分は目の前の女に辛い想いばかりさせているのだろうか――。

そんな、ナマエが知ったら余計に怒り出しそうなことを考えていたローの額に、温かくて柔らかな感触が落ちる。



「ナマエ…?」

「…ローは頭いいのに、バカだよね」

「…は?」

「今またくだらないこと考えたでしょ」

「………」

「あははっ、図星だ」

「……お前には、敵わねェよ」



諦めたように、でもどこか嬉しそうに唇で小さく弧を描きながら、ゆるゆると伸ばしたローの手のひらがナマエの頬を撫でた。そして甘える子猫のような仕草でその手に擦り寄るナマエの額にも、同様にローの口づけがひとつ落ちた。






雨降って地固まる、PM20:00






2012.8.5





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