PM 18:00




カチャリと施錠が解かれた音がして、ソファでうつらうつらしていたローの意識がすっと冴えていく。ちらりと見遣った壁かけ時計の針は、ナマエの帰宅時間を告げていた。

玄関先からはキーホルダーがいくつもぶら下がったマンションの鍵を、靴箱の上へ置きながらハイヒールを脱ぐ気配。かすかに届く音だけで、その光景がありありとローの目に浮かぶ。



「ローただいま!」

「………」

「…あれ、もしかして寝てる?」



衣擦れの音を立てながら短い廊下を歩く足音の後、飛び込んできた明るい声音。それにわずかな苛立ちを感じつつも、ローは無言を貫く。そんな彼の様子に違和感を感じ取ることなく、目を閉じたままの端正な顔をのんきに覗き込むナマエだったが。



「……遅ェ」

「なんだ、起きてるんじゃない」



喉の奥から低く唸るような一声に、どうやら男の機嫌があまり良くないらしいことを瞬時に悟った。

しかしだからと言って動揺するほど、ローとは短い付き合いでもない。きっと何か面白くないことでもあったんだろう、そう納得しながら着ていたジャケットを脱いでいると。



「おい、聞いてんのか」

「…なに、なんで怒ってんの」

「お前、昼間何で電話に出なかった」

「え?あー…あれ?だって仕事中なんだから仕方ないでしょ」



夕飯の準備に取り掛かろうとするナマエとは違い、穏便に済ませるつもりは毛頭ないのかローの追及は続く。寝転がっていた身体を起こし、鋭い視線を向けてくる男の様子に、どうやら適当にあしらうことは許されないようだと悟ったナマエ。諦めのため息を一つ吐いて、ローが座るソファの空いたスペースへと腰を下ろす。



「男と笑いながら歩くのが仕事なのか」

「は?何言って…」

「随分楽しそうだったじゃねェか」



だが続いてローの口から出てきたのは、彼女を軽蔑しなじるような言葉だった。ナマエは驚いて怪訝な表情を向けるが、侮蔑の言葉は止まない。そして昼間出られなかったローからの着信を確認する直前の、自らの状況を思い出してはたと気づく。



「もしかして…ロー、」

「ハッ、何だよ。見られちゃまずかったのか」

「そうじゃなくて!ローが見たのは、職場の先輩だよ」

「………」

「…電話に出られなかったのは、ごめん。あとで折り返すかメールを入れとけばよかったって思うし…」



分かってよ、と言わんばかりにギュッと強く彼の手を握るナマエの瞳には、拗ねたように眉根を寄せてそっぽを向いたローの姿が映り込む。そして自身の手を握る温もりに促されるように、そっと彼女へ視線を向けたローの瞳に映るのもまた、ナマエただ一人だった。



「でも私、やましいことなんてしてないからね?」

「……シャチに、会ったらしいな」

「え?あっ…そうだよ!シャチ君にだってちゃんと…っ」

「分かってる。シャチからも聞いてた」

「ロー…」

「…なあ、ナマエ……お前は俺を置いていくなよ」



痛いくらいの力でナマエを抱きしめる腕の力とは裏腹に、こぼれ落ちたローの言葉は頼りなく揺れていた。手の中のものを失うことをひどく恐れているような、そんな儚さを確かに感じて。ナマエはローの背に回した自らの腕にも、彼に負けないくらいの力を込めた。






互いの温もりを再確認した、PM18:00






2012.7.17





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