PM 17:00




深い深いため息の後で二本目の缶ビールに手を出そうと、重い腰を持ち上げたロー。緩慢な動きで冷蔵庫へと向かい、冷たいビールに口をつけながらまた定位置のソファへと身を預ける。


傍らのクッションと一緒に転がっていた白いクマのぬいぐるみを持ち上げると、仰向けに寝転んだ腹の上へと乗せた。ホッキョクグマをモチーフにした手触りの良いソレは、携帯のストラップと同じでナマエと行った水族館のマスコットキャラクターだった。



「……なァ、ベポ。俺はどうしたらいい?」



パイル地のような柔らかな布素材の中に詰まったふわふわの綿は、ローが毎日その感触を堪能するがゆえに少し片寄っていて、ベポと呼ばれた白クマの頭もくったりと項垂れていた。



「いつまで…今の生活、続けんだろうな」



そう問いかけてみたところで、物言わぬ白クマからの返事はもちろんない。それでもローは、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。懺悔室で己の犯した罪を告白するように、姿の見えぬ神へ救いを求めるように。

きっとそれは虚勢を張ることしか出来ない、不器用な男の本音だったのだろう。


それからしばらく腹の上に白クマを乗せたまま、ぼんやりと天井を眺めていたロー。住み慣れた部屋の景色は、当たり前だがいつもと何ら変わりはしない。

自分もこのくたびれたクッションや白クマのぬいぐるみと同じように、ナマエが暮らす部屋を構成するパーツのひとつなのかもしれない――そんなことを考えながら、放り投げたままの携帯電話を手繰り寄せて電源を入れる。


メールボックスを開いていると、ぶるぶると震えだして着信を告げた黒い携帯。ディスプレイへ表示された名前に、今日はやけに懐かしい相手から連絡が入ってくるもんだと、ローは妙な気持ちになりながらも受話ボタンを押した。



「……なんだ」

「お久しぶりっす!オレっす!シャチっすよ!」

「知ってる」

「もー何でローさん、そんな冷たいんすかー!」

「おまえがうるさいだけだろ」



突き放すような容赦のないセリフだというのに、シャチと名乗った電話口の向こうの男は、そんなローの様子も慣れっこのようでけらけらと楽しげに笑う。対するローもそれがいつものお決まりのやり取りなのか、受話口でニヤリと口端を上げていた。



「…で、どうした?」

「あっ、そうそう!実はさっき街でナマエさんに会ったんすよー」

「……ナマエに?」

「なんか仕事先の人と一緒でしたけど、ちょっとだけ立ち話して」

「へェ…」

「またご飯食べにおいでって言ってくれたんで、お言葉に甘えようかなって!」

「図々しいな、おまえ」

「ちょっそんな!ローさぁーん!!」



何年経っても天真爛漫な後輩が出す情けない声に、さっきまでの鬱屈とした気分が少しずつ晴れていくのをローは感じた。



「フフ…冗談だ」

「冗談に聞こえないっす…。でも、二人とも仲良くやってるみたいで安心しましたよ!」

「仲良く、ねェ…」



無邪気なシャチの言葉に、まったく引っ掛かりを感じなかったと言えば嘘になる。けれど実際にナマエと会って話をしたシャチは、確かにそう感じたのだろう。思ったことがすぐ顔や口に出る男のことだ、本心からそう言っているのはローにも十分わかっていた。



「ま、あいつがそう言ってんなら…週末にでも来ればいいんじゃねェか?」

「まじっすか!じゃあまた連絡しますね!」



うきうきと弾む声で電話を切っていった後輩に、ローの口元は緩く弧を描く。微かに残る胸のつかえには、今はまだ見て見ぬふりのままで――。






答えの出ぬ問答は手放した、PM17:00






ぱたんと音を立てて閉じた折り畳み携帯をしばらく見つめた後、ローはもう一度ソファへと寝転がった。あと一時間もすれば、ナマエはこの部屋へと帰ってくるだろう。






2012.7.8





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