PM 16:00




どこをどう帰ってきたのかもよく分からない。とにかく気付いた時には、ローはマンションの部屋の前に立っていた。ナマエが好みそうな赤いサンダルの入った紙袋は手にしたままで。どうやら公園のゴミ箱へ捨てられはしなかったらしい。



「……チッ、」



ガチャガチャと荒々しい音を立てて開いた部屋の鍵。そこにくっ付いているキーホルダーは、確かナマエと二人で行った水族館で買ったものだ。ぶら下がったままユラユラ揺れるホッキョクグマが、つぶらな瞳でローを見上げてくる。


むしゃくしゃしてささくれ立った気分をぶつけるように、ローは手にしていた紙袋を床へ放り投げた。袋の口から顔を覗かせた靴箱の角が見事に押し潰されて、歪な形にへこんでしまっている。


床に転がったままの箱の横を通り過ぎて、キッチンへ向かうロー。冷蔵庫から取り出した缶ビールが、手のひらを冷やしていく。プルタブを持ち上げて中身を一気に呷れば、キンキンに冷えたビールが熱い喉を勢いよく流れていった。


痛さを感じるほどの冷たさと、ほんの少しの麦酒の苦み。それらを飲み干してから、ローは重たい身体をソファへと預けた。暗くなった視界の内側――瞼の裏に浮かんだのは、スーツ姿の男と歩くナマエの姿である。



「……くだらねェ、」



白い天井に向かって毒づいたローの心中に渦巻くのは、よそゆき顔で街を歩く彼女へ声をかけることを躊躇ってしまった自分自身への、嫌悪にも近い感情だった。

あの瞬間――彼はたしかに、ナマエの隣に立つ男にはあって、自分にはないモノを数えてしまった。見知らぬ男と自分とを比べてしまったのだ、間にナマエという女を挟んで。



「…クソ…っ」



天に向かって唾を吐くように、吐き捨てた言葉は自らに降りかかって胸へと突き刺さる。まだ外も明るい平日のこんな時間にソファへ寝転がって愚痴をこぼす自分は、なんとしみったれたうだつの上がらない男だろうか。ああ、実にくだらない。


――浮かんだ劣等感を消し去るように、ローは空っぽのビール缶を力任せに握り潰した。






自分の不甲斐なさにイラつく、PM16:00






いい歳して定職にも就かずふらふらしている自分と、パリッとしたスーツに身を包む見るからに真っ当そうな男。どちらがナマエの隣へ立つのに相応しいかなんて、考えるまでもないだろう。

かと言って、じゃあ今すぐこの手を離してやれるかと言ったら、それはまた別の話だ。傍から見れば寄生虫のようにナマエに依存する俺に、あいつがいつか愛想を尽かしてしまうまでは…。






2012.6.24





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