AM 7:00




ピピピピ、と聞き慣れた電子音が朝の訪れを告げる。しかし遮光カーテンで閉ざされた寝室は薄暗く、重い瞼はなかなか思い通りに持ち上がってはくれない。



「うー…眠い…仕事行きたくない」



あと5分だけ…そう自分を甘やかしながら、人肌に温もった布団の中でナマエはより一層、身体を小さく丸めるのだった。電車の時間から逆算した家を出る時間と襲い来る睡魔とを天秤にかけながら、もぞもぞと身動ぎする彼女の隣には――静かな寝息を立てる男が一人。



「…すー…」

「ロー、朝だよー?」

「……ん、」



このまま1日布団の中で過ごしたい。そんな叶わぬ夢を泣く泣く手放すついでに、道連れとばかりに隣で眠る男の身体を揺さぶってみたものの。夢の世界に足を突っ込んだまま、ひらりとナマエの手のひらを躱す男は、彼女に背を向けまた寝息を立て始めるのだった。

今さら言っても仕方がないと分かってはいても、こみ上げる苛立ちを自分の心の中だけで昇華するには、些か寝起きのナマエには余裕がなかった。



「…ローはいいよね、一日中ゴロゴロ出来てさ…」



彼が彼女のマンションへ転がり込んで来たのはいつだったろうか。間違いなく春夏秋冬、四つの季節をゆうに一周はしている。その間に、ローが定職に就いた回数は……ゼロだ。それでも暮らし始めた最初の頃は、たまにアルバイトを見つけてくることもあったのだが。

いつの間にやら立派なヒモニートへと成り下がった男と、こうして今日もまた朝を迎えるナマエなのだった。



「……るせェ、な…」

「…!!」



鬱陶しそうに頭から布団を被ったローの掠れた声が告げるのは、随分と手前勝手な文句で。それを聞いた瞬間の彼女の様子を表すなら、まさに「カッチーン」という漫画のような擬音がぴったりだった。寝起きで腫れぼったい瞼のまま眉間に皺を寄せるものだから、相当酷い顔である。



「働きもしないで、イイご身分だことッ!」



縮こまっていた身体を勢いよく起こすと、わざと風を起こすようにバサリと布団を跳ね上げてナマエがベッドを出て行く。そう、出て行こうとしたはず、だったのだが…。



「…チッ……朝っぱらから喚くな」

「ちょっ…離してよ、バカ!」



さっきまで背を向けていたはずの男が、女に負けず劣らずの不機嫌そうな形相で舌を打ちながら、細い手首を掴んでその動きを封じた。呆気なく布団へと逆戻りしたナマエの身体が、ベッドのスプリングを弾ませる。



「……んなに、金が欲しいかよ」



少しでも力を込めればポキリと折れてしまいそうな華奢な手首を頭上で固定して、覆い被さるようにローの顔がゆっくりと近付いていく。寝起きのせいで少しかさついた唇に、かかる吐息。不満げに尖らせたナマエの唇にローの薄い唇が重なる、その瞬間。



「は?そんなこと言ってないでしょ!?」

「あ?働けだのなんだの、うるせェじゃねーか」

「あのねぇ!労働は国民の義務なの、分かってる?」

「ナマエが働いてんだから別にいいだろ」

「…っ、だーかーらー!!」

「なァ…もう時間だぜ?そろそろ支度しねェと遅刻すんじゃねーの」

「え?あっ!ヤバい!!」



顔を真っ赤にして鼻息も荒く怒り出すナマエを尻目に、ちらりと目覚まし時計を見遣ったローが時計の針を指差した。途端に慌て出す女の身体を開放してやりながら、ニヤリと意味ありげな笑みをひとつ。



「おい」

「な、に……んっ、」





キスで誤魔化される、AM7:00





「目、覚めただろ?」

「……どーも、おかげ様で!」



これがヒモな彼と彼女の、一日のはじまり。





2012.1.24




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