PM 15:00




左手に持った紙袋がやけに存在感を放っている気がして、どこかくすぐったくて落ち着かない気持ちを誤魔化すように、ローはデパートやブランドショップが連なる通りを足早に過ぎていく。


ナマエへ送るために片手で携帯のメール画面を開きながら、駅前のスクランブル交差点に差し掛かったロー。

信号は赤。多くの人たちが青に変わるのを今か今かと待ち構えている。腕時計を気にするスーツ姿のサラリーマン、抱えた封筒を持ちかえながら風になびく髪をかき上げるOL。


そんな人ごみの中、ローの視線は吸い寄せられるようにある一点だけに注がれた。



「ナマエ…」



信号が青に変わって、立ち止まっていた人々が一斉に歩き出す。どこか忙しない足取りで先を急ぐ人波の中で、ローだけが一歩も動けないままその場に立ち尽くしていた。


視線の先には、スーツ姿の男性と笑いあうナマエの姿。彼女よりも少しだけ年上だろうか、落ち着いた雰囲気で穏やかに笑う男性とナマエ。二人は道の反対側に立つローに気付くことなく、そのまま連れ立って雑踏へと消えていった。


キーンと耳障りな音が頭の奥のほうで警笛のように鳴り響く。

何にもない真っ白な空間にたった一人取り残されてしまった自分を、どこか遠くからぼんやり眺めているような、そんな冷めた感覚がローを襲った。


両の足は地面に縫い止められたように棒立ちのまま、ローは手の中にある携帯電話の電源ボタンをゆっくりと押す。

デジタル時計が大きく映し出された飾り気のない待ち受け画面から発信履歴を呼び出して。ずらりと並んだ名前の一番上、見慣れた番号をダイヤルした。



―――おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていないためかかりません



聞こえてきたのは、電話が繋がらないことを淡々と告げる音声メッセージ。ローが求めていた女の声ではない。何度も何度も壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返すソレに大きく舌打ちをして、ローは携帯の電源を落とした。



「……チッ、何で繋がらねェ…」



グッと力を込めた左の拳が、提げていた紙袋の取っ手を強く握りしめる。上手く言葉では表せないどす黒い感情が募って、どうしようもなくローを苛々とさせた。


見失った女の後ろ姿は、毎日すぐそばで目にして触れてきたはずのものなのに。その温もりも柔らかさも、嫌というほどローは知っていたはずなのに。

まるで自分の知らない別の誰かのように感じられて、声をかけることさえ出来なかった。





知らない誰かと一緒の君を見つけた、PM15:00





ガラにもなく贈り物なんて抱えて、家路を急いでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて。いっそこんな紙袋、公園のゴミ箱にでも捨ててやろうか――なんて考える頭の片隅で、やっぱりチラつくのはナマエの嬉しそうにはにかむ笑顔だった。





2012.6.7





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