PM 13:00




得意先とのアポイントの時間が迫っているからと伝票だけ掴んで一足先に席を立ったペンギンを見送ってから、一人残されたローは食後のコーヒーに口をつけながらお節介な幼なじみの言葉を思い返していた。


ナマエとローの出会いは数年前に遡る。ペンギンの元アルバイト仲間であったナマエとひょんなことから知り合い、連絡先を交換することになったのがそもそもの始まりだ。紆余曲折あった上で、ナマエのマンションにローが転がり込む形で同棲生活がスタートし、現在に至る。



「……3年、か」



ナマエと出会った頃のローは、それはもう「荒廃」という言葉がぴったりすぎるほどに荒れた生活を送っていた。そう考えれば、今の自分は随分と穏やかな毎日を過ごしているもんだと、ローは自分を受け入れてくれた女の姿を脳裏に思い浮かべた。

もちろん定職に就かずフラフラしている今現在の暮らしぶりも、彼を養うナマエからすれば到底まともな生活とは言い難いのだが。



「……チッ、今更思い出してどうすんだよ…」



ふいに開いてしまわぬように頑丈な鍵をかけて、心の奥深くに仕舞いこんでいた昔の思い出たちが、断片的にフラッシュバックしてローの眉間に深い皺を刻んだ。ストローで吸い上げたアイスコーヒーの味がやけに苦々しく感じて、無意識のうちに舌打ちをする。


苛々とやり場のない思いが頭をもたげてきて、まだ半分以上残ったアイスコーヒーもそのままにローは喫茶店を後にした。ジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、ひたすらに足を動かす。前へ前へと。


どこへ向かっているかなんて自分でも分かっていない。ただ、襲い掛かってくる記憶の断片を振り払うように、ローは駅前の明るく賑やかな喧噪からその身を遠ざけた。



「………」



ふと周りを見渡すと、繁華街から少し奥へ入った裏通りにローは立っていた。夜は賑やかなネオンが輝いているであろうこの通りも、今の時間帯では妙な静けさと澱んだ空気を漂わせるだけ。


ただ一つ、そんな伸びきったスウェットのような気怠い景色の中で、無理やり作り上げられた活気ある騒音を立てているガラス張りの建物が目について、誘われるようにローはそちらへと足を向けた。



「久々にやってくか…」



名前の付けられないよく分からぬ鬱憤を晴らすため、新台入替の旗が並ぶパチンコ店の自動ドアを潜ると、ローは適当にあたりをつけた台の前に座って千円札をメダルへと換えた。

マイクを通して流れる店内の騒がしいアナウンスと囃し立てるようなBGMが、深く沈みそうになる思考を忘却の彼方へと追いやった。





ギャンブルで憂さを晴らす、PM13:00





口端に咥えたままの煙草の先が小さく赤く燃えながら、白い煙を立ち上らせていく。灰皿に盛り上がった吸殻の数に比例するように、薄ぼんやりと霞がかかった視界の向こうでは、筐体中央のリールに連なる極彩色の絵柄がくるくると回転していた。


目の前の景色同様、ロー自身の明日さえもどこか不透明で濁っている。そんな遣る瀬無さの充満するパチンコ店の空気が、何故だか妙に気分を落ち着かせ、また同時にほんの少しの居心地の悪さも感じさせるのだった。





2012.5.22





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