PM 12:00




駅前通りから一本奥へ入った細い筋にある落ち着いた雰囲気の喫茶店は、ペンギンやローが学生の頃からよく利用していた店だ。

残念ながらここ数年は、ナマエの収入で養ってもらいながら定職にも就かずフラフラしているローを、幼なじみ兼お目付け役のペンギンがくどくど説教して聞かせる場…として定着しつつあるのだが。



「わざわざすまんな、元気だったか?」

「すまねェと思うんなら最初から呼び出すんじゃねェよ」

「はは、相変わらずだな。詫びに昼食は奢らせてもらうぞ」

「フン、当たり前だ」



お冷やを運んできたウェイトレスへ手早く今日のランチを2つ注文すると、ペンギンは傍らに置いていたビジネス鞄からおもむろに一枚の紙を取り出した。小さな文字の羅列を目で追えば、労働条件やら仕事内容やらが簡単に記されているのが分かる。



「大学の先輩が会社を興したそうでな。人手が必要らしい」

「…チッ、余計な世話だ」



ペンギンがローへ働き口を紹介するのは、今回がはじめてのことではない。これまでにも何度かこうしてローに面接を受けるよう勧めたことがあった。もちろんその度にペンギンの好意は、徒となってしまうのだが。



「なあロー、今の生活をいつまで送るつもりだ?」

「ハッ、偉そうに説教かよ」

「ナマエと暮らし始めて、何年になる?」

「……さあな」



テーブルの上に置かれたグラスが、中を満たす冷たい水のせいで水滴をまとって木目を濡らしていく。その横に置かれたままのひしゃげた箱から、煙草を1本取り出して。口に咥えて苛立ちを隠すように火を点けるロー。



「もうすぐ3年だ」

「…そうかよ」

「お前がもう筆を取らないなら、それでもいいだろう」

「………」

「だがそれなら、代わりの仕事を見つけたらどうだ?」



責めるとはまた違った口調で静かにローを見つめるペンギンとの間に、何とも言えぬ無言の空間が横たわる。窓際の席は日当たりがよく、表の通りを忙しなく歩く人たちの様子もよく見えた。



「………」



財布を持って昼食を食べに向かっているのだろう、楽しげに笑いながら通り過ぎるOLたちの姿が視界へ飛び込んできて。ローの脳裏に浮かんだのは、今朝マンションのソファで見送った女の顔だった。



「ナマエだってそろそろ結婚を考える歳だろう。今のままじゃ先が見えなさすぎる」

「じゃあお前が幸せにしてやるか?」

「…そういうことが言いたいわけじゃない」

「……ンなの、分かってんだよ」



思い浮かべていた相手の名がペンギンの口から出たことに、眉間に寄った皺が知らず深くなる。肺を満たす白い煙がいつもより苦々しく感じられて、ローは吸いかけの煙草を早々に灰皿へ押し付けた。


いつからだったろう。油絵の具の匂いが充満する小さな部屋に帰らなくなってしまったのは。出された手料理を食べて、夜にはナマエを抱く。そんな生活を繰り返すうちにそのまま彼女の部屋に住み着くようになったのは、いつからだったろう。



「お待たせしましたー」



運ばれてきた湯気の立つ美味そうなランチプレートを前に一つだけ小さなため息を零すと、ペンギンはフォークを手にしてドレッシングのかかったサラダを突きだした。とりあえず説教は終わったらしい。食え、ということだろう。





幼なじみから説教を食らう、PM12:00





おれがお前にナマエを紹介した手前、幸せになってもらわないと困る。それだけだ。――そうポツリと呟いたペンギンの言葉に聞こえないフリをして、ローはタルタルソースがたっぷりかかった熱々のチキン南蛮に齧り付いた。






2012.4.29





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