AM 11:00




隣室の住人からの誘いを蹴って、部屋の中央に置かれたソファへと戻ったロー。すっかり彼の指定席と化している布張りのソファは、去年のボーナスでナマエが奮発して買ったものだった。寝心地のいいその場所で、気持ちよさそうにうつらうつらするローを邪魔する者はいない。


規則正しく右回りを続ける時計の針の音だけが、静かな部屋に響く。一定のリズムで繰り返されるそれが、余計に眠気を誘うのかもしれない。


そんな中ふいに、ローの手元に置かれていた黒い携帯電話が、ぶるぶると震えながら着信を告げた。うるさいのが嫌いなローは常に音を消してあり、バイブ設定がデフォルトだ。出たくない電話に気付かなかったフリが出来るのも、都合がいい。


しかしながら確認した液晶画面に映し出されたのは、見なかったフリをするには問題のある、少しばかり厄介な男の名前。



「…チッ、面倒くせェな…」



手のひらの上でしつこく震える携帯電話をじっと見つめながら、通話ボタンを押すべきか悩むロー。傍目には、迷う素振りなど微塵も感じさせないポーカーフェイスだったが、実際は突きつけられた選択肢を前にメリットデメリットを瞬時に天秤にかけていたりする。



「……なんか用か」



そして逡巡の末、ローは電話に出た。それは不機嫌さを前面に出した、無愛想な第一声だったけれど。しかしこんなことで怯むような相手なら、まずローへ電話をかけてきたりなんかしないだろう。少なくとも、呼び出し音を20コール近く鳴らし続けることはしないはずだ。



「久しぶりだな、ロー。この時間にお前が起きてるなんて珍しいじゃないか」

「気持ちよくうとうとしてたのを誰かさんに邪魔されたんだよ」

「そうか、ナマエは仕事に出てるんだろ?」

「…おい、こっちの都合は無視かペンギン」

「別に暇だったんだからいいだろう」

「…チッ」



噛みつくローに構うことなく、しれっと話を進める一筋縄ではいかない男に頭を抱えながら、苦々しく舌打ちをひとつ。しかしそんなローの態度も幼少の頃からの付き合いであるペンギンからすれば、取るに足らない些細なことで。



「今駅前に出て来てるんだが、メシでも食わないか」

「…どうせ嫌だっつっても聞かねェんだろ」

「はは、分かってるなら話は早い。12時にいつもの喫茶店な」

「面倒くせェ…」

「たまには外の空気も吸え。社会復帰できなくなるぞ?」

「うるせェよ、てめェはおれの母親か」

「まぁ実際ローのお袋さんにはよろしく頼まれてるしな」



ああ悪い、会社からキャッチが入った。ちゃんと来いよ!そう言って、用件だけ伝えると慌ただしく電話は切れてしまった。ローとはまた違った意味で、食えない男である。



「…あー…だりィ」



一方的な通話を終えた携帯電話をソファの上に転がして、大きくため息を吐いたローがのそりと起き上がる。

ゆるいスウェットとTシャツを脱ぎ捨て、クローゼットの中から取り出したジーンズに穿き替えれば。細身の引き締まった身体はすらりとして無駄がなく、まるでファッションモデルのようだった。





心配性の幼なじみからの着信、AM11:00





大きな欠伸をひとつ。それから咥えた煙草へおもむろに火を点けて。ボサボサの短い髪を掻きながら、ナマエが仕事から戻って来るまでの暇潰しにはなるかと、ぼんやり紫煙をくゆらせるローが玄関を出るまで――あと20分。





2012.4.22





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