Indigo Blue 2



「…で?用件はそれだけか?」


すっかり冷めてしまったアールグレイを飲み干し、キッドは目の前の男たちへ静かに問いかける。縁なしの眼鏡越しに覗く赤い瞳に、動揺や恐れといったものは一切見当たらなかった。冷静さを欠くことなく、ただ静かにリーダー格であろうギラついた目の男をじっと見据える。


「ああそうだ、この街で商売したけりゃあ…出すモンさっさと出しな」


吐き出す息に酒の臭いを乗せながら薄笑いを浮かべる男の傍らでは、これ見よがしにナイフをちらつかせる取り巻きたち。こうした低俗な者たちというのは、どこにでも居るものだ。それも力だけが物を言うような、貧しい街なら尚のこと。


「断る」


これ以上話すことはないと、紅茶一杯分のコインをテーブルに置いて席を立とうとするキッドを、男たちが素早く取り囲んだ。



*****



ローは彼には珍しく、ほんの思いつきから取った自らの行動を後悔していた。それもこれも恐らく、先日のナマエからの告白がもたらした変化の一つなのだろうか。

「子供ができた」と唐突に告げられ、自分が"父親"というものになるのだという実感なんて湧くはずもなく。それもそのはず、自身が知らずに育った"存在"をどう理解すればいいのか。ただ、いつになく必死に自分へと語りかける彼女の姿と、テーブルの上に用意された色とりどりのご馳走を見た時……心のどこか奥底がことりと動くのを、ローは確かに感じたのだ。

そして今日。らしくないと自嘲しながらも、近所の玩具屋で見つけた白いクマのぬいぐるみを手に足早にアパートへ戻る途中だった――近道しようと横切った、路地裏で見つけた"見慣れた"男たちの姿に、思わず溜め息まじりの野次を飛ばしたのも無理はない。


「……ここは、いつからネズミのじゃれ合う遊び場になったんだ?」


ただ一つだけ、彼の形の良い眉をピクリと歪ませたのは……それぞれが嫌になるほど見慣れた男たちの、その"組み合わせ"である。


「ロー」

「ヘッ…言ってくれるじゃねェか」


涼しい顔で清潔なスーツに付いた土埃を手で払うキッドと、切れて血の滲む口端を拭いながらも軽口を叩くベラミー。地べたに転がるベラミーの取り巻きたちの姿を見れば、小競り合いとも呼べないような一方的な言いがかりの結果なんて火を見るより明らかだ。


「お前の手には余る相手だ、やめとけベラミー」

「俺と同じ穴の狢のてめェが、偉そうにご忠告下さるってェ?」

「ドブ臭いてめェと一緒にすんじゃねェよ、ハイエナが」

「何だ、このご立派な弁護士様と随分仲良くしてるみてェだなァ?トラファルガー」


自分へと向けられた矛先を鼻一つ鳴らしてひらりと躱すローは、確かに変わったのだろう。きっと少し前の彼なら、人を殺せそうなほどに凍てついた視線でもって容赦なく捩じ伏せていただろうから。


「てめェには関係ねェよ。…じゃあな、ベラミー」


毒づくベラミーへ背中越しに答えると、近道を諦めたローは表通りへと戻って行った。その猫背の後ろ姿を見つめるキッドの目は、緩やかに細められていた。


「チッ…つまんねェ野郎だ、腑抜けが…」


面白くなさそうに舌打ちしてから、ベラミーはローが去って行った方向とは逆の、薄暗く入り組んだ路地の奥へと姿を消す。ガサガサと倒れたごみ箱から残飯を漁っていた痩せ細った野良猫が、荒々しい足音を立てて縄張りを荒らしてくる男に向かって、威嚇するように尻尾を逆立てた。




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