パパとお風呂とアヒル隊長




ご存じの通りグランドラインは、春夏秋冬四つの季節がでたらめに繰り返される過酷な環境下にある。

新鮮な食料や医療品の限られた船上生活を送る上で、健康管理には十分気を付けているはずでも、ふとしたことで免疫力の弱まった身体を攻撃するようにウイルスが猛威を振るうことがある。



「ごめんね、ロー。何も出来なくって…くしゅんっ!」

「疲れが出たんだろ。たまにはゆっくりしてろ」

「うん、でも…けほっ!」



一つ前の冬島を出発してから順調に航海中だったハートの海賊団でも、現在風邪が流行中である。そんな中、発熱・咳・鼻水といった典型的な風邪の症状を見せるマリアへ向けられた、ローの眼差しは優しい。



「お前は何も心配すんな。船の雑用ならペンギンたちに任せときゃいい」

「…そうじゃなくて、あのね?」

「あ?」



幼いメイにうつらないよう、隔離状態にされた船長室のベッドの上。荒い呼吸の合間で困ったように眉尻を下げるマリアと、怪訝そうなローの視線がぶつかった。



「メイのお風呂、ローが入れてくれる?」

「………は?」



たっぷり三秒ほど経ってから、珍しく目を丸くさせたローが間の抜けた声を上げる。さすがの死の外科医も予想外の申し出に、驚きのあまり固まってしまったようだ。



「風呂って何だ、どういうことだ」

「あの子、まだ一人でお風呂入れないの」

「……」

「別にローがペンギンやシャチ達に頼めって言うなら、そうするけど…」



まだ子供っていっても女の子でしょう?いくら同じ船の仲間でも、やっぱり男の人には頼みにくいよ――そう、至極真っ当な意見を述べるマリアにローが低く唸る。



「…じゃあ、ベポに頼んだらどうだ」



そうだ、それがいい。確かにベポはオスだが、れっきとした白熊だ。不都合はないだろう。ナイスアイディア俺!と言わんばかりに、内心こっそりとガッツポーズを決めたローだったが。



「あの二人が一緒にお風呂なんて入ったら、のぼせるまで湯船で遊んじゃうもの」



すぐさま返ってきたマリアからの反論に、今度こそ黙り込んでしまった。

表面には全く出さないが…仮にも自らの血を分けた愛娘の裸を、信頼している部下といえども自分以外の男が見るなんて、ローにとって認められるわけがないのだ。


そして、ある意味マリアの思惑通り。

母親が全快するまでの間、メイの入浴係は父親であるローが引き受けることとなった。





*****





普段はシャワーで汗を洗い流すローだったが、風呂に入るぞと告げたメイが意気揚々と持って来たお風呂セット(あひるの人形etcが詰め込まれたミニバケツだ)を見て、大きく嘆息しつつも小さな紅葉の手を引いて大浴場へとやって来た。



「メイ、シャンプーきらい!」

「うるせェ、じっとしてろ」

「やぁあだーおめめ、いたくなるもんー」

「ちゃんと目瞑ってりゃ大丈夫だ」



さっそく持ち込んだオモチャで遊ぼうとするメイを、無理矢理イスに座らせて。手早く頭と身体を洗ってしまおうとシャワーコックを捻れば、途端にじたばたと抵抗を始めたチビ助。



「暴れりゃそんだけ顔に湯がかかるだけだ」

「…ぅ……あい」



容赦ない一言と有無を言わさずシャワーヘッドを向けてくるローの姿に、抵抗しても無駄だと瞬時に悟ったメイは父親譲りで賢いのかもしれない。



「…ククッ、ひでェツラだな」



シャワーヘッドから勢いよく跳ねる湯が、メイの顔を濡らしていく。少しでも目や鼻、口に湯が入らぬよう、ぷるぷると震えるくらいの力強さでギュッと目を瞑るメイの姿は、ローの苦笑いを誘った。


湯けむりに隠れて、泡だらけの頭をわしゃわしゃと乱暴に掻き混ぜるローの口元が、緩やかに弧を描いていたのには…残念ながら目を瞑ったままのメイは気付かない。






父の笑顔は、アヒル隊長だけが見ていた






2011.12.19





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