雨色世界で、おやすみ




上陸中の島を襲った大型の台風に、もう何日も足止めされているハートの海賊団の一行。幸いなことに宿の一階は酒場になっており、クルーたちは貸し切り状態のそこで毎夜酒盛りを楽しんでいた。


――しかし今は深夜、丑三つ時。賑やかな宴から抜け出て、ローとマリア、メイの親子三人が部屋に戻ったのはもう数時間前の話だ。


メイを寝かしつけるうちに意識を手放してしまったマリアへと毛布を掛けて、ローが読みかけの医学書を手に取ってから約一時間。雨脚は一向に弱まることなく、外はバケツをひっくり返したようなどしゃ降りの雨が続いている。



「こりゃ出航はいつになるかな…」



本のページから顔を上げたローが、ふいに窓の外を見遣った瞬間――暗闇に閃光が走り、少し遅れて地響きのような轟音がビリビリと窓ガラスを震わせた。


大きな音に驚いたのか、母の腕に抱かれてすやすやと眠りに就いていたはずの幼子が、もぞり寝返りを打ったかと思うと―…先ほどまで静かに閉じられていたはずの真ん丸な瞳で、ぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返す。



「…ふぇっ、」

「……起きちまったか」



寝起きの所為で焦点が合わないまま不安気に彷徨うガラス玉のような瞳が、ソファに腰掛けるローの姿を捉えた途端――容赦なく窓ガラスを叩きつける激しい雨風にビクリと肩を震わせながらも、布団を飛び出したメイが黄色と黒のパーカー目がけて真っ直ぐに飛び込んできた。



「…っふ、ぇぐっ…ろぉー!」

「寝てろ」

「ろぉ、かみなりさま…こわいよぉー」

「大丈夫だ」

「やだやだっ、ぎゅうしてる!」

「…っおい、邪魔だ、こら」



ローの膝の上で子猫のように身体を小さく丸めたメイが、雷鳴が響く度に大きく身体を震わせる。刺青の入った太い腕へしがみついてぎゅっと離れない小さくて柔らかな塊に、溜め息ひとつ。



「…ったく、情けねェ奴だな…」



呆れたような声色とは裏腹に、細い髪の毛を梳く指先は優しい。壊れ物に触れるように躊躇いがちにゆっくり上下する大きな手のひらが、少し速くなったメイの鼓動を徐々に落ち着かせていった。



「こうしててやるから、寝ろ」

「…ぅ、ん……」



薄暗い部屋にぼんやりと灯るカンテラの明かりが、ローの横顔を照らして柔和な影を作る。降りしきる大粒の雨は、依然として弱まる気配を見せない。






雨色世界

たとえ世界中のすべてが
きみを悲しませても
泣かなくていいんだよ

この腕の中で、おやすみ







2011.12.7





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