父親一年目のある日の光景




前の島を出発してからというもの、敵襲に遭うこともなく穏やかな航海が続いていた。今日はカラッと晴れた洗濯日和。マリアが大量のシーツとつなぎを甲板で干している。


そのすぐ傍のパラソルの下では――新しく手に入れた医学書に没頭する船長と、可愛らしいチビ助の姿。

医学書と一緒に買ってもらったのだろう。真新しい絵本を大切そうに捲りながら、食い入るように文字を追う様子は父親そっくりである。


船縁から垂らした釣竿の先をぼんやり眺めながら、ふと考える。


メイたちがやって来てからというもの、潜水艦を浮上させたまま航路を進むことが増えたように思う。船長は特に理由なんて語らないし、俺たちも指示を受けたらそれを遂行するだけ。


ただ一つだけ確かなのは…こうして太陽の日差しの下で両親とともに過ごす時間が、育ち盛りの幼子の人格形成に、好影響を与えているに違いないということ。見る者を幸せな気分にさせる、あの愛らしい笑顔がその証拠だ。



「…あっ!」

「おい、何やってんだ」

「ロー…こぼしちゃった」

「見りゃ分かる」

「…うー」



オレンジジュースがなみなみ注がれたコップ。小さな手からつるりと滑り落ちたそれが、メイのマドラスチェックのワンピースを濡らしていく。


あっ、と腰を上げるまでもなく。手近なタオル(きっとこうなることを予想した母親が置いていったのだろう)を手に取った船長はゴシゴシと手荒な仕草で、オレンジジュースでべとつくメイの身体を手早く拭いていった。


普段右にある物を左に移動させる程度のことでさえ、忠実な僕であるクルーたちにやらせる「あの人」が。手が汚れることも構わず、幼子の世話を焼いているなんて。


呆然と、それはもうポカンと開いた口を閉じるのも忘れたまま、その珍妙奇天烈な光景に見入っていると。



「おいペンギン!ボサッと突っ立ってねェで、さっさとコイツの着替え持って来い」



促されるまま素直にバンザイのポーズを取るメイのワンピースを剥ぎ取りながら、やはりいつも通りの尊大な態度で……我らが船長様は命令なさるのだった。






どうやら人を形づくるのは、環境らしい。

父親一年目のある日の光景







2011.08.07





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