お父さんは心配性




ハートの海賊団の船は二週間ほど前からずっと同じ入り江に停泊している。ログが貯まるまでに一ヶ月近くかかるというこの春島で迎える朝も何度目だろうか。


珍しく朝食時の食堂に姿を現した船長のローに、クルーたちが口々に朝の挨拶を掛けていく。

定位置である食堂奥のテーブルには既にマリアやメイ、ベポといったいつもの顔ぶれが揃っていた。



「はいキャプテン、今朝の新聞だよ」

「ああ」



ベポから受け取った新聞を広げながら、コックが運んできたコーヒーを啜るロー。

その横では手と口の周りをいちごジャムでベタベタにしたメイが、何やらマリアへお伺いを立てている。



「ねえママーきょうもおそと、あそびいっていい?」

「ん?そうねぇ、いつもの港の公園までならいいわよ」

「やったぁー!」



パチパチと両手を叩きながら顔を綻ばせるメイの愛らしさに、テーブルを囲む者すべてが和やかなムードになる。

もちろんローだけはこんな時でも一人無関心を決め込んでいるわけだが。


しかしながら新聞越しにチラと視線を送る様は"俺の断りなくどこ行くつもりだ"とでも言いたげで、明らかにメイの動向が気になるようだ。



「良かったねーメイ」

「うんっ!きょうもリックとね、あそぼうねって、やくそくしてたの!」



すっかりご機嫌なメイの頭を、毛むくじゃらのベポの手がポフンと撫でた。だが会話の中で飛び出した"リック"という単語に、隣に座る男の片眉がピクリと上がる。



「リック…?」

「ん?ローもいっしょ、あそびたい?」

「誰が遊ぶかよ。おい、リックってのは何だ」

「リックはリックだよおー。メイのおともだち!」

「あァ?」



きっとこの島へ来て出来たはじめての友達なのだろう。少しだけ誇らしげに胸を張るメイはとても嬉しそうだ。

しかし初めて耳にする、しかも聞き慣れぬ男の名前らしい単語にローの声は途端低くなった。



「リックねーメイのこと、かわいいって!っへへ〜」

「…お前はそんな見え透いた社交辞令を鵜呑みにするようなバカ女になるつもりか」

「む!メイ、バカちがうもん!リックかわいい、ゆったもん…!」

「ほォ、そりゃまた男に騙される女が言いそうな台詞だな」

「ちょっとロー、子供相手に何言ってんのよ」

「うるせェ、マリアは黙ってろ」

「うるさいとは何よ!教育上よくない言葉、吹き込まないでよね!」



ぷくっと頬膨らませ抗議するメイに、子供相手とは思えぬローの鋭いツッコミが突き刺さる。

そこへきて母親であるマリアまでもがヒートアップして声を荒げるものだから、間に挟まれたメイはすっかり口をへの字に曲げ、うるうると目に涙を溜め始めた。



「…リックうそつかないもん。メイ、リックのおよめしゃんになるんだもん…っぐす…」

「は……何だと?」



ぷるぷると震える唇をギュッと噛み締めながら精一杯ローを見上げ、メイが言う。もちろん"およめしゃん"の一言がローにとってとんでもない地雷になるとは気付かずに…。



「…プッ、残念だったわねロー。パパのお嫁さんにはなりたくないらしいわよー?」



ざまーみろとでも言うように、あっかんべーとローを挑発するマリア。対するローはと言えば、カッチーンという効果音が聞こえてきそうなほど盛大に顔を顰めた。

読んでいた新聞を乱暴にテーブルに投げ捨て、傍らに立て掛けてあった愛刀に手を伸ばせば……慌てふためいたベポの情けない声が食堂中に響き渡る。



「わあああ!ちょっ、キャプテンたちも落ち着いてよ〜っ!」



苦労性の白熊の悲痛な叫びに、食事中のクルーたちは心の中で"すまん、ベポ"と唱えつつも、そっと目を逸らした。


結局のところすべては愛娘への分かりづらいローの愛情表現がもたらす、ハートの海賊団ではよくある光景だ。

関わるだけ損、知らぬフリが一番だということを皆しっかり心得ているのだった。






お父さんは心配性






2011.1.29





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