真っしろ雪うさぎ




ここはグランドラインに浮かぶ、とある冬島。

海面に薄く張った氷を崩しながら、何とか入り江に碇を下ろしたハートの海賊団の潜水艦からは、刀を担いだ船長を筆頭にぞろぞろとクルーたちが姿を見せる。


クルーの大半が北の海出身だからか、真っ白な雪景色を映すそれぞれの表情はどこか穏やかで懐かしげだ。



「ひゃはは!ベーポー!はやくはやくっ」



そんな中、甲高い声を上げながら愛らしいポンチョに身を包んだ幼子が、トテトテと覚束ない足取りで真新しい雪原にその小さな足跡を残していく。



「あっメイ待って待って!ちゃんと手袋と耳あてとマフラーしてからじゃなきゃダメだよー!」



吐く息も凍りそうな肌を刺す冷気も、雪景色にはしゃぐメイにとってはテンションを上げる要素でしかないのだろう。


お目付役のベポの手をすり抜け、ふらつきながらもメイが目指す先は―…



「ロー!」



いつもの薄着に軽くコートを羽織っただけの長い脚に、ドシンと体当たり。

ジーンズの布地をギュッと掴むメイの紅葉のような小さな手は、まさに文字通り真っ赤になっている。



「邪魔だ、歩きづれェ」



眉間に深いしわを刻んだローが、持ち上げた脚にぶら下がったままのメイをサラサラの粉雪の上に転がした。



「ちょっとロー!何やってんの!」


「きゃーっ!ちべたーい!」



ベポの後から船を降りてきたマリアが、父親らしからぬローの行動を咎めるが本人たちはどこ吹く風。


ローはそっぽを向くだけだし、メイはメイでパウダースノーの上をコロコロ転がりながら笑い声を上げるだけ。

ご主人様に構ってもらえるのが嬉しい子犬のように、白い息を吐きながらローの周りをくるくる回っている。


――と、不意にしゃがみ込んだローがつきたての白餅のようなメイの頬をぐにぃっと抓り上げた。



「むひゃっ!」


「ベポ」


「アイアイ、キャプテン!」



突然のことに目を白黒させるメイをじっと見据えたままベポを呼ぶロー。

手にしていた刀とベポの持つメイの防寒具とを取り替えて、無言でマフラーをぐるぐる巻きにしていった。



「ったく、風邪ひいても知らねェからな」



されるがままに耳あてと手袋を身に付けたメイは、ニコニコと満面の笑みを浮かべながらローの頬に小さな手を添える。



「ロー、ありあとっ」



――ちゅ…、


小さく鳴った可愛らしいリップ音はローの鼻先をくすぐり、その胸をむず痒くさせた。



「………」


「ろぉ?」


「……チッ、てめェにはまだ十年…いや、二十年早ェ」



そう言ってさらに深まった眉間のしわの意味を、メイが理解するのはまだまだずっと先のお話。






真っしろ雪うさぎ
どうかまだ何色にも染まらずに







2011.1.12





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