番外編1 ドライブデート




お店の棚卸を終えて外に出れば、辺りはすっかり真っ暗で。ぽっかり浮かんだ丸い月が冬の夜空に冴えていた。



「すっかり遅くなってしまったな。ナマエ、一人で大丈夫か?」


「あ、平気ですよーまだ全然余裕で電車もあるし!」


「だがいつもより時間も遅いしな…」



さぁ帰るかとマフラーを巻いていると、紳士なペンギンさんから気遣いの言葉。こういうさり気なさに女の子って弱かったりするんだよね。うん、ペンギンさんがモテるのも頷けるな。



「いや、でもホント大丈夫ですよー?」


「おい、家まで送ってってやろうか」


「…はい?」



白衣を脱いでいつものラフな格好をした店長がニヤリと笑いながら車のキーを掲げて見せた。ていうかその薄着、見てるだけで寒いんで何か羽織って下さいよ。



「いえ結構です。みすみす送り狼を招くようなバカな真似はしません」


「…チッ。隙がねェ女はつまんねェぞ」


「別にいいもーん。ペンギンさんならともかく、店長は絶対無理」


「あァ?可愛くねェこと言ってねーで、ほら行くぞ」


「え、ちょ…!わわっ」



ぷいっと顔を背けて駅へ向かおうとした私を人攫いのごとく担ぎ上げたセクハラ店長は、スタスタと涼しげな表情で店裏の駐車場まで向かう。



「ちょっ店長、下ろして!スカートめくれるからっ!」


「なんだ、サービスじゃねェのか」


「違う違う、人攫いにサービスする人間がどこにいるんですかぁ!」



ジタバタと暴れてみたものの、普段の怠そうな態度を疑うほどの早業で助手席に放り込まれ、素早く車を発進させられてしまえば…もはや抵抗する気力も湧かなかった。


――まぁいいや、変なことしたらペンギンさんに連絡してやろう。


そして初めて乗る店長の車は少しだけ煙草の匂いがして。広めの車内といえども、こうして密室で二人きりになることなんて無いから何だか少し緊張してしまう。


そわそわと組んだ指を動かしていると、赤信号で車を停めた店長がフッと笑ってカーステレオのボタンをいじる。
その横顔はいつものニヤニヤと意地悪い表情ではないから、ただでさえ緊張気味の心臓がドクンと一度大きく跳ねてしまった。


ステレオから小さく流れてくるのは、密かに私も好きなイギリスのロックバンドの曲。そうそう、このセカンドの曲が一番好きなんだよね。


流れる景色をぼけっと眺めながら、眠そうな声のボーカルの歌に耳を傾けていると。いつの間にか車はネオンのうるさい街並みを抜けて、見晴らしのいい高台へ来ていた。



「ど、どうしたんですか店長。…知ってます?ここカップルに人気の夜景スポットなんですよ?」


「あァ?だったらどうした」


「いや、どうしたって言われても…」



こんな場所へ連れて来られる意図がさっぱり分からない。ていうかあまりに堂々と尋ね返す店長の態度に、質問した私が空気読めてない子みたいになってるんだけど…え?なんで??


何だかよく分からないまま車を降りて遠くに見える街の灯りを眺めていると、ほらよとぶっきらぼうにミルクティーの缶を投げられる。
慌ててキャッチしたそれをカイロ代わりに、冷えた指先を温めていると…不意に頭の上に乗せられた温もり。


見上げた視線の先、伸びる腕を辿っていけば…鉄柵に凭れた店長がニヤリと笑いながらゆっくり頭を撫でていく。



「…え、なっ、あの…?」


「今日はしっかり働いてたからな。ご主人様からメイドへご褒美だ」


「いや、そこは雇用主と労働者でお願いします。切実に」



優しい手つきにドギマギしながら店長を見上げると、ニィと口端を吊り上げながら空いている方の腕で腰を抱き寄せてくるもんだから…思わず遠慮なしに腕を捻り上げてしまった。



「おいナマエ、空気読め。切実に」


「真似すんな、変態店長!」


「フフ…口の減らねェメイドだなァ」


「あーキモいキモい!もうやだこの人」



あぁもうホントやだ。頭を撫でる大きな手に一瞬でもドキッとしたなんて…口が裂けても言えない、言ってやらない。

赤くなったほっぺたを隠すようにグイッと持ち上げたマフラーに顔を埋めた。


この胸のドキドキの正体は、まだ分からないままでいいから。






消えないドキドキ、知らんふり






2010.11.26



リクエスト下さったこずえ様に捧げます\(^O^)/ ハート薬局の番外編、ドライブデートでリクを頂いてたはずが…あれ?車の描写少なすぎですね(笑)文字数の関係でご希望頂いてた海とかショッピングを盛り込めずにすいません;;こずえさんの求めていたものとは違うかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです(> <)あ、書き直しもしますんでお気軽に仰ってください!
今回は本当にリクエストありがとうございました★




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