セクハラ その9




ああ、今日も一日よく働いた。商品の陳列中に店長から執拗に熱視線を送られたり、すれ違いざまにお尻のお肉を掴まれたり、休憩室に置いてあった飲みかけのペットボトルの中身が何故か減っていたりはしたけど…何とか今日の仕事を終えることが出来そうだ。


そんなある意味、満身創痍な閉店後。フロアのモップがけのついでに、乱れた陳列を直す私の目に留まったもの――それは…。



「ナマエ、どうしたんだ?ボーッとして」

「あっすいません、ペンギンさん」

「いや、構わないが…それ、殺虫剤がどうかしたのか?」

「あ、」



無意識のうちに右手で力強く握り締めていたソレを指摘され、ハッとする。手にしていたのは、でかでかと「強力殺虫!害虫駆除!狙った獲物は逃がさない!!」と謳われたスプレー缶である。



「いやぁ…忌々しい害虫を思い出しまして、つい」

「……そうか」



どこぞの変態ストーカー男を思い浮かべながら低く呟いた私の手の中で、スプレー缶がみしりと音を立てた。それを見たペンギンさんも何かを察したのか、静かに頷く。一を聞いて十を知る、の言葉がまさにぴったりである。



「いつも苦労かけてすまないな」

「そんな…ペンギンさんのせいじゃ…」



ぽんぽん、と頭の上に置かれた手のひらは大きくて頼もしい。慰めるように頭を撫でるその手が、何度私をあの魔の手から救ってくれただろう。ああ、有り難い。そんな小さな感動を覚えて、私の胸はぽかぽかと温かくなった。


――ちょうどその時である。カーンカーンと、耳障りな嫌な音が聞こえてきた。



「……?」

「何だ?この音は………ロー、何をしている」



怪訝そうなペンギンさんの声につられて、視線の先を追えば…。店舗とバックヤードとを隔てる扉の前で、恨めしそうにこちらを見つめてくる店長の姿を見つけた。背筋が凍るとは、こういうことを言うのか。


って、それより…何その…今まさに振り上げようとした木槌と、釘だらけの藁で出来た人形的なものは。絶対ホーキンスさんとこの占いの館からパクって来たでしょ。



「俺という者がありながら…ッくぅ!エロイムエッサイムエロイムエッサイム…」

「店長それ、悪魔呼ぶ呪文ですけど」

「悪魔?ああ、知ってるぜ…今目の前にいる、淫らな肢体で俺を誑かす小悪魔ってやつならな!」

「それ、もしかして私のことじゃありませんよね!?違いますよね!!?」

「ナマエ、声を荒げる気持ちは痛いほどわかるが…落ち着け」

「ペンギンさぁーん…!」



泣きつくようにペンギンさんの腕にしがみついた私を引き剥がそうと、掴んできた腰に絡みついて離れようとしないこの変態を、さてどうしてくれようか。






エロイムエッサイムエロイムエッサイム、この変態を滅ぼしておくれ!






2012.9.7





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