セクハラ その7




11月下旬ともなると冷え込みは一段と厳しくなって、朝起きるのがツライ季節だ。ぬくぬくと温かい布団から離れたくないと叫ぶ身体に鞭打って、今朝も変態店長の待つハート薬局へと出勤すれば。

店内の掃除を始めようと用具入れを開ける私へ、ペンギンさんから声がかかった。



「ナマエ、店長から話があるらしい。事務所に行ってもらえるか」

「あっはい、分かりました。でも話って…何だろう」

「まぁいつもの通り、大したことじゃないと思うが…」

「…ですよね。じゃあ行ってきます!」

「ああ、掃除は俺がやっておく」

「ありがとうございますっ」



今日もやっぱりジェントルマンなペンギンさんが、ほうきとちり取り片手に見送ってくれる。その姿だけで私頑張れる、セクハラの嵐にも負けず今日も頑張るよ!





*****





事務所のドアをノックして、中を覗き込めば。店長はデスクに向かって何やら書類仕事をしているようだった。



「失礼しま〜す…」

「ナマエか、そこに座れ」



私の姿を認めるや否や、事務所内中央にでーんと置かれた応接セットの前へと移動する。神妙な面持ちで刺青の入った両手を組んだ店長が、じっとこちらを見つめてくるもんだから妙に緊張してしまった。



「…お話って、何でしょうか…」



元々セクハラ発言さえしなければ顔は整っているし、スタイルもモデルのような店長だ。滅多に見ることのない真剣な表情に、ほんの少しだけ速くなる鼓動。ここへ呼ばれた意味がまったく分からない不安もあって、胸のドキドキは高まるばかり。



「なァナマエ。明日は何の日か、分かってるな?」

「え、明日?…あ、勤労感謝の日ですね」

「そうだ、そして今日は何の日だ」

「え…今日、ですか?」



ファイナルアンサーを迫る司会者の如き、不必要なほどの真顔で問いかけてくる店長。まったくもって意味が分からない。だが余りの真剣さに気圧され、混乱する頭の中で必死に考えれば―……あ、分かった。



「11月22日…いい夫婦の日だ!」

「フフ、正解だ。褒美にうちのマンションの合鍵をやろう」

「全力で遠慮します」

「清々しいほどの即答だな」

「答えはこの世に生まれる前から決まりきってますから」

「そうか、マンションじゃ不満か?なら一戸建てを…」



自分に都合の悪い言葉は、見事スルーするように出来ている特別仕様な店長の耳。私の出来うる限り辛辣な返答さえ、今日もまた華麗に受け流していく。あぁもう、のれんに腕押し感がハンパない。



「いやいやいや、一緒に暮らしませんから」

「…え?」

「え?じゃなくて!!キョトンとしてもダメだから!」

「ああ、そうか…そうだな。まずはこれに署名・捺印が先だったな」



悪い悪い、うっかりしてたとか何とか言いながら、店長が応接セットのローテーブルの上へおもむろに広げたのは……



「こっ、婚姻届ぇええ!?」

「そうだ、いい夫婦の日に入籍ってのもオツだろ?」



しかも"夫になる人"の欄にちゃっかり店長の名前とハンコが押してある。ちょ、誰かこの暴走特急列車を止めて下さい。珍しく真面目な話かと思えば、こんなオチか!

事務所へノコノコやって来た自分のマヌケさ加減を呪いたくなった、その時。



「ナマエ、お前は働き者だ。毎日よく動いてくれて、助かってる」

「…え、店長……?」



突然店長から贈られた勤労感謝の言葉に、驚きのあまり固まってしまう。それは、いつもの変態行為すべてを水に流してしまいそうなほどの威力を持つ言葉。

だがしかし、そこでキレイに終わらないのが変態店長クオリティというものだ。



「だからそろそろ、俺の所へ永久就職しに来い」



バッと両手を広げた状態で鼻息荒く告げられたキメ台詞に、ハッと我に返る。……危なかった。うっかり素直に感動して、あまつさえ胸を高鳴らせるところだった。



「い・や・で・す!!」

「なんだ、共働きがいいなら俺はそれでも…」

「ちがーーーうっ!!」






ありがとう、感謝の気持ちを込めて
変態流プロポーズのすすめ







2011.11.24





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