セクハラ その4




閉店間際の店内に"別れのワルツ"が流れる。このメロディを聴くと「あー今日も一日頑張ったなぁ」って気分になるんだよね。

ストック補充も終わったし、床もモップで磨き終わったし…よーし、あとはレジ閉めだけか。あともう少しだけ頑張ろう!うんうん…って――



「ちょ…店長、何やってんですか?」


「見て分からねェか?お前のエプロンを脱がしてやってるんだが」


「いやいや、意味分かんないですから」



閉店作業をしているとロクに仕事もしない店長がいそいそとやって来て、いきなり私が身に着けていたオレンジ色のエプロンを脱がしにかかった。



「お前だってさっさとレジ閉め終わらせて帰りたいだろう」


「そりゃもちろんこんな変態店長となんか一秒も長く一緒にいたくないですがエプロンくらいすぐ脱げます自分で脱げます、ていうかまじで消えて下さい」


「………反抗期か…」


「何が!?」



もっともらしい理由を付けて自分の行動を正当化しようとするが、ハッキリ言って無理がありすぎる。無茶苦茶だ、ほんと。

しかも私がキツイ言葉で応酬すれば、さもこっちが悪いみたいな態度でため息混じりに頭を振る。…ムカつくんですけど!



「そうカッカするな。そんな赤い顔で目潤まして…俺のイケないところに火を点けるつもりか?」


「勝手に燃えカスにでも何でもなって下さいよ…ていうか、頭に血が上って怒りのあまり涙が出るくらい人をイライラさせるなんて、すごい才能の持ち主ですよね店長って」


「その程度で俺の凄さを語られても困るがな」


「…えっ何この人、全く堪えてない!」


「今夜一晩たっぷり時間かけて分からせてやるよ、本当の凄さをな」


「ぎゃー!セクハラぁああ!!」



鼓膜に響く吐息混じりの低い声に思わず首を竦めた瞬間――、



「……おーい、お二人さーん?」


「…へ?」


「あ?…何だ、キャスじゃねェか」



間延びした声に振り向けば、そこに立っていたのはトレードマークのキャスケット帽をかぶったキャスさ…もとい、シャチさん。店長とペンギンさんの幼馴染だというシャチさんは、この商店街でベーカリーを開いている。



「もーローさん、そのあだ名で呼ばないで下さいってー」


「お前の本名、完全に名前負けしてるじゃねーか」


「…っ、ぶふッ!」


「あっ!ちょ、ひどッ…ナマエちゃんまで!バカにすんなら、もうこのパンあげねーよ!?」



拗ねたように口を尖らせてキャスケット帽を目深にかぶり直したシャチさんの左腕の中には―…紙袋に入った、売れ残りのパン。

売れ残りと言ってもシャチさんちのお店のパンはいつも大人気で、一日に何度も焼き上がりを待つ列だって出来ている。

ただ、店長曰く「アイツは考えなし」らしいので、たまに焼きすぎちゃって残ったモノをこうしておすそ分けしにやって来てくれるのだ。



「わ、怒んないで下さいよ〜!私、シャチさんの作るパン大好物なんですから!」


「……うー、ホントに?」


「ふふっ…ホントです、大っ好きですよ!」


「えー?もうしょーがないなー、はい。じゃああげる!」


「わーい!やったー!……って、どうしたんですか?店長」



ガサガサと紙袋を漁りながら隣に立つ店長を見遣れば、それはそれはご機嫌ナナメな表情で。



「っぎゃ!いたっ!いたたた痛いっす!ローさん痛い!」


「キャスの分際でなに大好きとか言われて調子乗ってんだオラ」


「わぁあッ、ちょ店長!危ない危ない!」



恐ろしいほどの仏頂面で容赦なくシャチさんにアームロックをかける(しかも綺麗に技が極まっている)店長を慌てて止めに入れば。

さっきのシャチさん以上に拗ねた表情を作ってこっちを見るもんだから、ちょっと笑ってしまった。



「おい、笑うんじゃねェ」


「ふ、ふふっ…ごめんなさ、だって店長…ふふっ、何か可愛いんですもん」







たまには変態も可愛く見える罠。






2011.5.25





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