春の柔らかい風が鼻腔を掠める。芝の香りもいつもどおり。
そんな平和な時間と裏腹に小さなどよめきが生じていた。

「はやみっ」

俺は叫んだ。
練習で怪我をするのは珍しくない。しかし人よりか細く見える速水の身体は決して丈夫とは言えない。技の着地に失敗し、重力のまま打ち付けられた身体はとても痛そうだった。

「うう……やっちゃいましたあ」「速水、大丈夫か!」
「円堂監督……だ、大丈夫です……」

速水がなんとも申し訳なさそうに起き上がった。
目立つ出血はなかったものの、俺は速水が右足をかばっているのに気付いた。

「監督ー速水、どうも足が」
「はっ浜野くん!大丈夫ですって!」

しかし明らかに速水は右足を引きずった。

「……浜野、速水を保健室へ連れてってくれ」
「へーい」
「あう……すみません」
「ほら」

俺は背中に速水を乗せるため、しゃがんだ。
突如、きょとんとした速水は慌てる。

「はっ浜野くんっ!肩を貸してくれるだけでいいですよっ」
「えー遠慮すんなって」
「いっいや恥ずかしいです」
「おー浜野におぶってもらえばいいじゃないか、速水!」
「か、監督まで」

俺は速水の方を見る。
速水の顔は赤くなっていた。

「重くても、知りませんよ」
「まかせときって!」

とまどいがちに腕が回される。そして、背中が骨張った温もりに包まれた。

「ではいってきまー」
「ああ、頼んだぞ!」



「やっぱ恥ずかしいです……」
「?なにがよ?」
「視線が……」
「いーじゃんいーじゃん、俺らが付き合ってる事なんてみんな承知のすけだし!」

たしたしとスパイクでコンクリートを踏む。背中の速水は想像以上に軽い。

「それは、そうですが……」
「てか、速水軽すぎータッパは俺らより全然あんのにウェイトは完全」
「うわー言わない!筋肉付かないんですよぉ……」
「ぽいぽい。でも俺好きよ、速水の身体」
「……そーですかあ」

そんなそっけないフリして。密着する速水の鼓動が速くなっているのに俺はにやつく。

「……浜野は」
「ん?」
「逆に、凄く男らしくなりました」
「え、そうかなあ?まっ、確かに筋トレ頑張ってるけど〜」
「いえ、まあ外見もですが、さっき俺が怪我した時とかこうやっておぶってくれたり……格好いいですよ」

肩を掴む手の力が強くなって声も震えていた。そんな速水が完全に照れている事が分かる。
格好いいと言われてしまった俺も、なんとまあどきどきしてしまって今すぐ速水の顔を見てキスしてしまいたいという衝動に駆られる。

「速水」
「何ですか?」
「もっかい言って!」
「やですよ!誰が言いますか!」「またツンに戻ったー……」
「ほら、着きましたよ!下ろしてください!」

肩を叩かれて促される。
俺は素直に背中の温もりを手放したくなかった。