「嘘だろ……」

土門が目を開けると、そこには驚愕の表情を浮かべた染岡がいた。アナウンサーの太い声が聞こえる。今朝のトップニュースはあのことでもちきりだった。
土門の整理のつかない頭を断ち切るかのように突如けたたましく携帯電話が鳴った。

「はい。ドモンです……あの、ニュースで……」

電話の主は土門と一之瀬が所属するクラブのコーチだった。

『マスコミにばれた。イチノセが……感染したことも入院したこともだ』

電話から聞こえてきた言葉に愕然とする。そんなときに目の端に映った一之瀬の映像が笑顔で、土門の目頭は熱くなった。

「なんで……」
『いずれ発表しなきゃいけないことだった。仕方がない』
「それじゃあ……試合は……」
『……残念だが』

溢れ出る涙を抑えることが出来ない。どことなく冷たげなコーチの口調がより一層悲しみを引き立てた。

「ドモン……」

染岡が土門の肩を抱く。土門はそれに縋りつくように泣いた。

『とにかく、今日はお前も練習に来なくていい。イチノセのところに行ってやれ。あと』

『お前も、検査を受けろ』



オハイオの病院までの道のりは長い。着く頃には正午を過ぎていた。
比較的緑の多いその地は、近くにレジャー施設があり、休日ともなるとカップルやファミリーでごった返す。
感染症のケア施設が併設されている病院には俺と同じゲイ・カップルや若い女が治療を受けにやってくる。
染岡の滞在する部屋から出ていくとき、奴は心から俺を励ました。久しぶりに感じた旧友の優しさが心の弱り切った俺の胸に本当によくしみた。

「頑張れ」

染岡はただ、それだけを告げた。俺に勇気をくれた。

俺がHIVに感染しているのはおそらく確実だろう。そしてクラブが下す決断が薄々分かってくる。AIDSになってしまえばおそらく選手生命が終わってしまうだろう。
白い廊下を半ば走るように歩く。突き当りの個室が一之瀬の部屋だ。
クラブを解雇されるのが怖いんじゃない、一之瀬と一緒にサッカーが出来なくなる悲しみが一番堪えるのだ。

一刻も早く一之瀬に会いたかった。しかし本当は顔を見るのが少し怖くて、もし接触を拒否されたら。俺はどうしても事態を嫌な方に考えてしまう。

突き当たりの部屋のドアノブが冷たい。
俺の手が固まって、ドアを開けることが出来ない。