窓から見るオハイオの景色。自宅からだと素晴らしい眺めなのにここから見ていると何故か退屈で、舞い上がる乾いた土が景色を遮る。
点滴の流れるチューブが繋がれる腕は、酷く醜く見えた。
数年ぶりに着た病院着、それは今回の方がもっと清潔に見えて、使用感のなさがすごく悲しみを引き立てる。
涙も、何もない。
生活感のない白い個室だけがまるで世界のようにある。ここからは出てはいけない、何かがそう言っていた。それは紛れもなくこの体内にある俺の組織が、そう言っていた。
昨晩、朦朧とした意識の中で驚愕した恋人の顔。脳裏に焼き付いている。抑えの利かない吐き気と震えに耐えながら、俺は汗やら涙にまみれていた。そんな俺を拭ってくれていた土門の手から血の気が引いてゆく。
恐れていた。この数か月それだけが心配で心配でどうしても打ち明けることが出来なかった。
数か月前に血液検査で知らされた陽性反応を。
そして俺が恐れているのはもっと別のことだ。

俺は、土門としか関係を持っていない。
生まれてこの方土門じゃない人間とセックスをしたことはない。

4年前、土門が遊び人であることはアメリカの誰もが承知のことだった。彼の行くところにはいつもパパラッチが居る。ゴシップ誌に載ることなんてしょっちゅうだった。
だけど土門は俺と付き合うと決めて心を入れ替えたのか男女と遊ぶことがぱったり無くなった。
そうして、俺のバックヴァージンは奪われた。

もし俺が陽性だと知ったら?
土門は100パーセント自分を責めることになるだろう。うつしてしまったのは俺だと。
土門にも病院に行くことを勧めたかったけれどもどうしても勇気が出なくて、この関係を崩したくなくて言い出せなかった。セックスも断れなかった。
自分だけが抗ウィルス剤を飲む日々に罪悪感が募るばかり。気も滅入ってしまい、いつものサッカーの練習にも迷惑をかけてしまう。もうすぐホームで公式戦が開幕するのに。

そんな中だった、俺はAIDSを発症した。
ずいぶんと急性だった。やはり難病を患っていた弱いこの身体。HIV勝てなかった。
迫りくるめまいに吐き気と悪寒が俺を襲う。昨日のことを思い出したくない。
もう、サッカーもできない。力を込めた爪が病院の窓を引っ掻いた。

がらりとした空間に今あるのは虚無と、土門に対する申し訳なさだった。