のつづき


いつもと雰囲気の違う朝がそこにはあった。そわそわする女子たちと男子が校内に沢山だ。
もちろん俺もその1人だった。
それは朝、下駄箱に入っていた3つのチョコや机の中に置いてあった沢山の箱のせいでもない。

(これを俺の机の中に入れてくれた女子もこんな気持ちなんだよな……)

ボルドーで大人っぽいラッピングの箱を手にふと思った。
それらのチョコをカバンの中に詰めると俺は自分が作ったチョコを取り出した。
天城のクラスは2つ離れていて、どのタイミングで渡しに行けばいいかが分からない。
そんな事を考えていると、予鈴が鳴ってしまった。
そうしてぐだぐだと昼休みになってしまったのである。

(い、今だ……)

俺は手作りチョコを持って天城のクラス前まで来た。
どうも人と関わるのが苦手な俺は人ごみで溢れる廊下ですら歩くのをためらう。
天城のクラスの後ろ扉から顔を覗かせて中を見回す。

……いた!
見つけた瞬間、天城の声が聞こえた。

「えっ……」

天城が女子に囲まれている。
これはどういう事だ!?

「天城くん可愛いーっ!」
「うちのチョコ食べてぇ〜」
「うちのもーっ」

なんなんだあの3人の女子は…………天城にお前らの手作りチョコなんか食わせられるか!
俺は阻止しようと一歩を踏み出そうとした。

「ありがとうだど!」

瞬間、天城の声に俺の足は止まる。
3人の女子から笑顔でチョコを受け取る天城を見てしまった。

ガーーーーーーン
俺はそう叫び出しそうなくらいにショックだった。
まさにガーーーーーーンという擬音が似合う心境。
俺はどう考えても今、チョコを渡すことは出来ないと考えた。
そして自分の教室に引き返した。


「南沢くん……どうしたんだろ」「本命の子にもらえなかったとかかな?」
「うそーん、じゃあうちフられてんじゃん〜ショックう」

そんな会話をする女子の声が聞こえた。
そういう話は俺の居ないところでしろよ……と机に顔を伏せたまま思った。
昼休みの一件で午後の授業は身に入らなく、俺はずっと落ち込んだままだ。
ついに放課後になってしまった。部活には行きたくない。
誰だよあの天城を取り囲んでた奴ら……いや天城のクラスメイトだと思うけど、天城にヘタに食い物あげんじゃねえよ……しかもあんな可愛らしいラッピングのやつだよチクショウ。

「み、南沢……?」

そんなとき、声をかけられ振り返る。

「三国……」
「成功したかと思って来てみたらなんてザマだ」
「……さんごくぅ〜」
「うわ!?なんだおま、誰だ!?」
「いや俺だよ!こういう時ぐらい優しくしてくれよ!」

三国が来てくれて、思わず涙目になってしまった。
そんな俺を見てびっくりしたのか三国は怪訝そうな顔をする。

「なにか、あったのか……?」


俺は三国に今日あったことを話した。

「っはははは!大丈夫だって!」「……俺に貰うより女子に貰った方が嬉しかったらどうすんだよ」「ないない!天城はただ単純にチョコが食えるのが嬉しいだけだと思うぞ」

三国は笑って俺の肩を叩く。
だってあれだけ俺が真剣に作ったチョコより、女子から貰ったチョコの方が良かったなんて事になったら嫌だ。

「あげたくない〜……」
「お前は女子か!」

バン!と背中を押される。

「お前モテるのにそういうのは疎いのな」
「何かバカにしてんだろぉお!」
にやっと笑った三国の笑顔にまた泣きたくなった。


いち、にーと声が響くグラウンドに俺と三国は遅れて入った。
そこにはもちろん天城の姿もあって、ひっそりと目を逸らす。

「部活終わったら絶対渡すんだぞ」
「……うん」

三国にそう言われ俺達も練習に加わった。
あーあー感情が高ぶってきた。
練習よりもチョコが気になって仕方がない。

「南沢さん何してるんすか」
「うるせえ倉間のくせに話しかけんな」
「!?」
「シケた面だな!どうせチョコをもらえなかったんだろ?俺?鞄がパンパンさハッハー」
「……うわあぁあああああん」

今のこの俺に話しかけてはならない。
わあわあ喚く倉間が目の端に映る。自分でも何言っているかが分からないんだ……すまない倉間よ。

「やっぱ南沢さんどうしたんですかねえ……キャラがおかしいですよお」
「ずっとぶつぶつ呟いてるし!ちゅーか倉間は泣くなよ〜」
「泣いてねぇええしいいい……」

二年トリオが何やらこそこそ言っている。気にするな、無だ。
無の心が大切なのだ。
あー!緊張する!!
ちらっと天城の方を見た。
俺の気持ちなんて知ったこっちゃないのか一年達と笑顔で新技の練習をしている。

(ああ、やっぱ好き……笑顔やばい)

ぎゅんぎゅんと胸が鳴る。
ただ本命チョコをあげるという行為にこんなにも苦しめられるなんて。

ありがとうございました、の礼の後いつも通りの更衣室。
隣同士のロッカーも今日は行くのにためらう。

「どうしたどー?南沢」

不意にロッカーの方から声がした。
天城……!

「いつまでユニフォームでいるんだど?はやく帰るどー」
「あっ……、ま、待ってろ」
「ほい。シャツだど」

ユニフォームを脱ぐと天城がシャツを差し出してくれた。優男!

「あんがと……」
「どうしたど?今日、元気ないな」

心配そうな顔をさせてしまい、俺は焦った。

「だ、大丈夫だ!心配すん……」
「あ、わかったど!バレンタインだど!」
「なっ!?」

何ということだ、言い当てられるだと?
俺は焦る心を必死に落ち着かせ平然を装う。

「貰えなかったんだど?ハハハ!」

そっちかよ!!!
いや貰ったわ!すげーたくさん!お前、俺との関係忘れてねえか!?
まさか俺からのチョコなんて期待してないとか?

「そのバレンタインのことで話がある」
「俺に?」

天城の制服の裾をギュッと掴む。
「帰り、帰りだ!期待して待て、俺からのチョコがある」

言った!!!!

しばし三秒ほど。きょとんとした天城から気の抜けた声が出た。

「えっ、南沢が俺にチョコくれるんだど?」

えーーーーーーー


「ハッハッハ!南沢が手作りしたんだど!」

帰り道、天城は豪快に笑った。

「声がデカイ!あと笑うな!」
「てっきりチョコをくれるのは女子だけってイメージだったんだど」

……そうだよな。
だけれども今年のバレンタインで好きな人に想いを込めてモノを作る難しさを学んだ。
だからこそ、恋人である限りこのイベントにあやかってでもお互いの仲を深めたかった。
そして天城を喜ばせたかったんだ。

「好きな人に、作りたかったんだ。これ」

がさりと紙袋を天城の前に出す。
「受け取ってください!」

目をつぶり、汗がはんぱない手のひらでチョコを半ば押しつける。すると、頭に暖かい感触があり、天城に撫でられてるのかと理解するのに時間がかかった。
天城の顔を見上げると、今までに見たことのないくらいの笑顔がそこにはあった。

「ありがとうだど!」

そう言って天城は紙袋を受け取ってくれた。
俺は安心したのと、嬉しさとで天城に抱きついた。

「おわわ、いつもの南沢じゃないみたいだど」
「……少しこうさせてくれ」

照れる天城の声を耳に俺は心の底から思った。
ハッピーバレンタイン!



「勝ったーーー!」

俺は自宅のベッドでじたばた暴れた。
手に握られたケータイのディスプレイにはこんな文が書かれていた。

『南沢のチョコが今まで食べたチョコの中で一番うまいど!』

見返してはにやにやする。
これは誰があげたチョコよりも、俺のが一番美味かった。そう解釈しておこう。
ああ、三国にもお礼をしておかなくては。

「そういえば、あの二人も上手くいったのか?」

いや大丈夫だろうな、あのカップルじゃ。
俺は三国にありがとうの文字だけ打って携帯を閉じた。






2月14日