絹糸のような細さとか、ココアやミルクティーみたいな色とか、肩に軽くつく長さとか。奴の髪は、ついさっきまで陽なたで寝ていた犬の毛のように、惹かれる。
少し手を伸ばして、頭を撫でようかと思案する。結局、撫でなかった。照れくさい。

それでも、触れたい衝動は治まることがない。
触ったら、柔らかいだろうか。絹の布に触れるような滑らかさだろうか。温かさは、匂いは。


「おい」
「なに?」


ぼんやりとした答え。奴はエメラルドのような瞳を俺に向け、ゆっくりと首を傾ける。


「あー……。いや、なんでもない」
「そう」


言えなかった。言える訳がない。お前の髪を触りたい、なんてみっともないこと。
欲求を取るか、プライドを取るか。絶妙なバランスで保たれた天秤は、あっさり崩されることになる。


(薔薇の薫り……)


ふぅわりと薫った、薔薇の薫り。奴の髪から微かに感じた。
花の蜜に誘われた虫のように、自然と導かれてしまう。

ぽふぽふと、軽く頭を撫でる。少し驚いていたようだが、昔のような酷い怯え方じゃない。
それから奴は困ったように微笑んで、照れたように目線を泳がせている。


「楓、おいで」
「え?」
「来いってば」


膝の上を叩いて座るように促す。娘を呼ぶ父親の気持ちというのは、きっとこういうものだろう。照れくさくって仕方がない。でも、愛しくってどうしようもない。
奴が俺の膝の上に乗る。相変わらず全然体重を感じない。もっと筋肉を付けろと文句を言ってやりたい。

また奴の頭を撫でる。温かくはなかったけど、手触りは絹の布のように滑らかだった。


「茜の手は大きいね」
「ん? そうか?」
「ああ。それに温かい」
「そりゃお前の体温が低いからだろ」
「ふふ、そうかな。でも気持ちいいな。頭を撫でられるのって」
「あっそ」


ぎゅっと抱き締めて、髪に顔を埋める。薔薇の薫りがした。
あのプライドはどこへやら。もう自尊心のことは忘れてやろう。照れくささは変わらず、でも今俺は存分に奴の髪の毛を堪能している。至福の時。


しばらくそうやって動かないでいたら、奴は眠ってしまったらしい。静かに寝息を立てて、ほんの少しだけ口を開けて寝ている。
その口の、また色っぽいこと。

薄い桜色の、艶やかな唇。まるでキスでもねだっているような顔。自然と指が口元に吸い込まれそうになる。


さすがにその一線は越えられない、越えてはいけない。
こうしてまた、欲求とプライドの天秤の上で絶妙なバランスを保たなければならなくなった。



2012/0628
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -