独占欲が行き過ぎると、どうしようも無い淋しさと怒りがべったりと隣にまとわりついてしまって仕方が無い。
集団の中にいるのに感じる孤独と、嫉妬、自分が知らないことがある焦り。
そんな感情を覚えるたびに自分が惨めに感じられて、首を締められたように苦しくなる。


「先生……」
「あら、甘えん坊な弟子ね」


現実世界なら感じる、気の狂いそうな苦しみも夢の中なら感じない。
夢の中なら俺は全てのものを独占できる。そう、先生、夢渡りの魔女でさえ。


「もう、まったくガキね」


俺の髪を梳く手。温かくて華奢な手。甘い薫りと滑らかな手触りの太もも。
春の陽射しの中で微笑む彼女。ああ、こんなにも柔らかな似合う女性が、この世に二人といるだろうか。
春色の長い髪の毛が、そよ風に吹かれて桜のように舞っている。
彼女は美しい。世界中の宝石を掻き集めたって、彼女の美しさにはすべてただの石ころとなってしまうだろう。


「ここでなら、あなたを俺のものに出来るのに」
「ええ、そうよ。ここは夢、あなたの世界」

「あなたの世界。あなたの私。あなただけの……」



――目覚まし時計が俺を現実世界へと引き戻す。ああ、今日も学校だ。



「ごきげんよう、杜若」
「先生。今日も一層麗しい」

先生はいつでも凛とした声で俺に話しかけてきてくれる。
絶対俺のものにならない先生。最愛の魔女。

白魚のような手で掴む鞄も、雪の降る深夜のような紺色のワイシャツも、胸元に輝く整えられた形のリボンも、枷のようにきつく締められたコルセットも、白雪のように純白なスカートも、漆塗りのように艶やかに輝くタイツも、あどけない少女らしさを感じさせる赤い革靴も、すべてが美しい彼女。
ああ、彼女の全てが俺のものだったならば、この世の全ての幸福を手放すことすら厭わないのに。


「ね、先生」
「何かしら」
「先生がさ、俺の夢の中だけの存在だったら、先生を俺が独占できたのにね」
「他に競う相手がいるから独占できるのよ。世界にあなたしかいなかったら独占という概念は存在しないわ」
「揚げ足取らないでくださいよ。ああ、でもそんなつんけんした先生もまた可愛らしい」


この苦しい世界で、唯一俺の愛を受け切れるのは彼女の他に無いだろう。
この欲望に囚われた愚かな俺を、それでも彼女は受け入れてくれるはずだ。だけど、俺に所有されることを彼女は良としない。俺を所有することも良としない。

彼女に跪き掌にキスを落とす。相変わらず、日溜まりのように温かく情熱的な手だ。触れるだけで、地獄の業火に焼かれるような鮮烈さを感じる。
先生は何も言わずに俺の頬を手の甲で撫でる。まるで俺を憐れむような瞳で見つめ、祈るような手つきで俺に触れる。


「……それじゃ、放課後に」
「先生」


頬から離れる手を掴み、無理やり彼女を引き止める。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。そしたら先生を永遠この腕に抱き留めたまま彼女の全てを俺のものにできるのに。


「ああ、ああ愛しい先生。俺だけのものになってくれれば、貴女に望むもの全てを与えられるのに」
「ふん、図に乗るな愚か者。所詮、思い通りになるのは夢の中だけよ」
「先生、それでも俺は」
「ごきげんよう」


ふっ、と先生が手から離れていなくなってしまった。
残された俺は、朝の日差しが輝く廊下で一人淋しく佇むしか無かった。

どうして、夢の中とこんなにも違うのだろう。
夢の中の彼女は、いつでも俺に優しく微笑んでくれるしいつでも俺に愛をくれたのに。
淋しくて、苦しくて、俺はまた瞼を閉じて夢の中の彼女を思うのだった。



2012/0507
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