杜若の素肌に触れるのが好きだった。
白く滑らかで、手触りは絹の布に似ている。雨の滴を重量に任せて静かに地面へと滑らせる。


「……通り雨だね」
「いやぁ濡れた濡れた。大丈夫?」
「平気」


帰り道、雨に降られてしまった。今日は傘を持ってきて無かったのが運の尽き。杜若と二人仲良くずぶ濡れになって、屋根の下に避難した。
制服の、黒に一滴碧を垂らしたような深い深い紺色のワイシャツが、水に濡れて更に色を深く暗くしている。


「寒い?」
「平気」
「んー。でも俺が寒いから」


ずぶ濡れのまま二人抱き合う。
ひんやりとした雨の冷たさの次に、杜若の仄かな温かさ。雨の匂い、シャンプーの香り、香水の薔薇、杜若の匂い。
強く抱き締める腕。口付ける甘さと苦さ、甘い飴の微かな味。杜若の息遣いと雨の音。
その時世界には、私と杜若しかいなかった。五感全部を使って彼を感じる。


「はっ……ぁ……」
「ん……っ。楓かわいい」

人が来たらどうしようとかそんなこと、今はどうでもいい。杜若の唇、頬、首筋、背中、腰、足。全てを感じていたかった。
まるで盛りのついた猫のように互いが互いを求め合う。

杜若の白い首筋に歯を立てて、歯形を残す。
一筋、紅く煌めく血が髪から落ちた滴と一緒に流れ落ちた。


「っ……もう、痛いじゃん」
「ん……」
「可愛いから許しちゃうけど。ほら、楓も」


首筋に掛かる杜若の吐息、シャンプーの香り、雨の匂い、杜若の血の味、瞼の後ろに少しだけ覗く碧い目。
首筋の痛みと熱さ。


「あは、楓に所有印つけちゃった」
「うん」
「あー、でも傷じゃあ消えちゃうね」
「うん」
「ま、消えないぐらいまた付ければいいよね?」
「そう」
「だって、楓は俺のものだもんね!」



気付いたら、雨は上がって辺りは夕日を浴びて茜色に染まっていた。
繋いだ手、私の目線より少し高い杜若の肩、夕日を受けて朱色に染まる杜若の髪、杜若の肩にある歯形、杜若の笑顔。二人だけの世界。


杜若の素肌に触れるのが好きだった。
杜若の手が、背中が、首筋が、瞳が、髪が、唇が、好きだった。
匂いも、味も、柔らかさも力強さも痛みも優しさも、全部好きだった。

私を愛してくれる杜若が、好きだった。


2012/0415
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