積もり始めた雪のように白い、正しく白銀といった色だ。目の前に突き刺された鋏の刄は、まだ誰も踏み入れたことのない雪道のように真っ白なまま。


「……なんのつもりだ」


刄の奥に、同じように白く儚い彼が座っていた。雪上におちた椿の花のように、目を赤く腫らせた彼。目こそ腫れているが、いつもと同じようにただ無表情で、ただ淡々とそこにいる。
生徒会室には俺と彼の二人しかいない。それもそのはず、今はまだ授業中で、俺たち二人は幸か不幸かサボりの時間が合致してしまったのだ。

彼は何も話さない。俺もただ黙ったまま時が過ぎるのを待っていた。そもそも時間潰しのためにここで居眠りでもしようかと考えただけだ。
彼は彼で俺が生徒会室に来る前にはここにいた。その時には既に目が赤かったし、いつもは几帳面に結わえられていた髪が解かれて、まるで無理矢理切られたかのようにボロボロになっていた、だけ。


「神崎、」

彼が仰々しく口を開く。

「なんだよ」
「髪を、切ってくれ」
「……ちょっと待ってろ」


――金持ちというものは、こんな雑貨一つにも金を掛けるものなのだろうか。この鋏、おそらく純銀製とかプラチナ製とか、貧乏人にはとても想像のつかない良い物で出来た品だ。
シャリ、シャリと白い刄を彼のチョコレート色の髪の毛に沈めていく。今こそ毛先をズタズタに切られているが、手触りは俺のそれとは違う細くて柔らかなものだった。

彼は何も話さない。俺もあえて何かを聞こうとはしなかった。どうして、なぜ、なんて聞いたって意味は無いのだから。大方、母親か同級生かのどちらかが原因なのだろう。
しかし、酷い状態にされたものだ。ある程度揃えても、前の長さより随分短くなってしまうだろう。
男でこれだけ髪を伸ばしていたんだ。何かしら思い入れみたいなものがあっただろうに。


しばらく切り進めていた時だ。
鋏の刃に髪が引っ掛かった感覚があった。
その痛みに反応して、彼が反射的に体を動かしてしまった。

「……っ!」
「おい! 動くな!」


真っ白な刄に、一筋の赤い血が流れる。
刺してしまった。氷柱のように鋭く尖ったその切っ先を、彼の白い首筋に。


「いっ……」
「だから動くなって……!!」
「ごっ、ごめんなさい」
「ちょっと我慢してろよ」

ぎゅっ、とタオルを使って止血をする。
幸い、傷はそんなに深くないようだ。


「大丈夫か?」
「ぁ……ごめん、なさい……」


彼の瞳には、確実に、俺への恐怖だけが映されていた。いくら過失とはいえ、彼を傷つけたのは事実だ。仕方ないのだろう。別に、彼に嫌われようと構わない。ただ、悪いことをしてしまったとは思う。
彼が小さく肩を震わせているのがわかった。きっと泣いているのだろう。
しかし、彼が声を上げることは無かった。

髪を切り終えて、軽く髪を梳く。結べるほどは長くないけど、少しすればまた元の長さに戻るだろう。


「出来たぞ」


彼は声を出さず、ただ頷いて返事をした。彼の白い首筋には、救急箱から出した絆創膏が。うっすらと血が滲んで、まるで雪の中に紅葉した葉が一枚落ちたよう。


「……悪かったな、怪我させて」

真新しいタオルを水で濡らして彼に渡す。

「目、冷やしとけよ。じゃあな」


彼からの返事を待たず、生徒会室を出て、そのまま扉の前に座り込む。
部屋の中から、微かに泣き声が聞こえる。雪が降るように、小さく静かな泣き声が、確かに聞こえた。

しかし、その静かな声は、喧しいチャイムの音にかき消されてしまった。

四時間目が終わる。



2012/0320
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