彼女にはステージなんていらない。彼女が立てば、そこが全て彼女ためのステージ。女王のための玉座。

ヘンリー学園の授業の中に、選択科目というものがある。高等部の生徒は自分が受けたい授業を選び、それを受ける。
二年生の選択科目は二科目。俺は武道と音楽を選択した。
武道は元々身体を動かすのが好きだったし、勉強するのが嫌だったから選んだだけ。
音楽は、正直あんまり得意じゃない。特別好きな訳でもなかったけど、どうしても音楽の授業を取りたかった。どうしても取りたい理由があった。


――杜若が、ピアノの鍵盤を叩く音が教室に響く。口を開けば、様々な旋律。
その中でも、特に目立つ旋律があった。アルト調の美しい声、滑らかなその息遣いは正しく芸術。音楽は一瞬の芸術だと良く言ったものだ。彼女の声は正しく生きる芸術品。女神の声、そのものだ。

京宮瑠奈、ヘンリー学園や学園周辺の不良共を束ねる『女王』。そして、学園随一の歌唱力を誇る『歌姫』。
頭脳明晰とは言い難いが、思慮深くて、明るくて、誰に対しても平等な瑠奈は、いつもみんなの中心にいるような人物だった。
そう、俺はこの瑠奈の声を聞きたいがために、こうやって音楽の授業を取り、くそ真面目に授業に出席している訳だ。


「はーい、じゃあこれからパート練習にします」

パートリーダーは前に集合してください、という声に何人かの生徒が席を立って教壇の周りに集まる。その中には瑠奈もいた。
俺の視線に気付いたのか、こちらを振り向いて笑って手を振っている。俺もそれに応えて手を軽く上げ返事を返す。



「今日も手、振ってたね」

男声はパートが一つしかない。そのため本来ならテノールである杜若ともパートが一緒である。
ピアノの椅子に腰掛けながら、杜若が茶化すように笑っている。

「馬鹿にしてんのか」
「あっはは、そうじゃないけど。女の子には優しくしてあげるべきだよ?」
「てめぇには言われたかねーんだよ、このタラシ」
「ひどいなぁ」

クスクスと楽しげに笑いながら、杜若は楽譜に目を落とした。つられて俺も楽譜に目を通す。
今回は男声も二つのパートに分かれるようだ。とは言っても男子自体十人程度しかいない上、バスパートは俺を含めて四人しかいない。女子は三十人近くいるのだから、完全にバランスがおかしい。


「ほら、頑張んなきゃ瑠奈に怒られるよ?」
「うっせバーカ」

杜若が鍵盤を叩く。華の無い低い声がグランドピアノの周りに響いた。人数が少ないとはいえ、さすがに男子は声量が断然多い。

杜若やパートリーダーが意見を出し合っている隙に、瑠奈のいるアルトパートに目をやった。
やっぱり、瑠奈の声には華がある。技量があるのもそうだが、それ以上に瑠奈自体に華があるのだろう。
ソプラノでもおかしくないほど高い声だが、人数調整のためにアルトになったらしい。アルトどころかテノールぐらいまでなら低い声が出せるほど音域が広いのだと、誇らしそうに笑っていた。


「また瑠奈の方ばっか見て。話聞いてた?」


――今日の授業が終わり、各々自分の教室へと帰って行く。俺もそれに倣い教室へと歩みを進めていく。

「あっかねちゃーんっ!」

後ろから声を掛けられた。瑠奈だ。

「今日の茜ちゃんね、すっごい良かったよ!」
「あっそ」
「んもー! 瑠奈が褒めてあげてるのに!」
「はいはい」

俺より頭一つ分低い身長の瑠奈が横に並んで歩く。
鼻歌が聞こえてきた。綺麗な声、天使の賛美歌のような神々しい美しさがある。


「……きれいだな」
「……えっ!?」

火が吹き出たように瑠奈が顔を赤らめる。そうかと思うと、すぐに視線をキョロキョロと泳がせて落ち着かない。


「綺麗だよ、お前の歌声」


鼻歌でさえ、まるで神へ捧げる賛美歌のように美しい。瑠奈の発する声一つ一つが、美しい芸術品。この世に存在するものの中で一番美しいものだ。



2012/0208
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