失礼なやつだと思った。



昔から、鬼狩りの人には返しきれないほどのご恩があると、精一杯慈愛の心を持ち尽くすのだと、両親から聞かされてきた。
そのことに対し疑問なんて持たなかったし、実際家に訪れる鬼狩りの方は謙虚で誠実な方ばかりだった。







「小便がしてぇ!!!どこだ!!!」



目の前のこの鬼狩りかどうかも分からない、妙な猪頭を付けたやつに会うまでは。

来て早々土足で家の中を歩き回り、夕飯の片付けのときは彼方此方に米粒やらなんやらが飛んでいたし、浴槽の中もとんでもないくらい泥が付いていたし。そして今、縁側でばったりと会った瞬間にこの言い草。なんなんだ、この男は。というか人間であるかも疑わしい。



「…こちらを真っ直ぐにいったらあります。」



厠がある方を指差すと、猪男は礼も言わずドカドカ足音を立てながら私の横を過ぎ去っていった。


礼儀もなってない。本当に失礼な鬼狩りだ。こんな人に慈愛の心を持ち合わせているほど、私はできた人間じゃない。私ははぁ、と軽い溜息をついてから、片付けをするため台所へ向かった。









粗方、今日の分の片付けが終わるとそれから次の日の朝飯の準備をする。今日はあの猪頭と連れであろう鬼狩りの方が2人だけだったので、明日の準備は少ない。大人数であれば母や祖母と準備するのだが、この程度であれば私一人で十分だ。
今は夜の22時くらいだろうか。日付が変わるまでに終わるだろう。


そう思いながら一人食材を手にする、と、後ろからいきなり肩を掴まれたのだろう。勢いよく掴まれたため手にした食材を下に落としてしまった。
と同時に心臓がどきり大きくと鳴って、掴まれた肩も大きく跳ねた。






「…!!!」



反射的に後ろを振り向くと、目の前には毛むくじゃらの顔が。ひい、と一瞬呼吸を忘れそうになるが、いやこの薄汚れた茶色、見覚えがある。あの猪男だった。




「ど、どうしましたか。」

「瘤がいてぇって権八郎に言ったら冷てぇやつもらってこいって」



こ、コブ…?
この人の言うことが大まかすぎて少し理解できなかったけど、つまり瘤が痛いから冷やすものをくれ、ということか。
分かりました、と一言言うと彼から離れ、近くにあった風呂敷を軽く濡らし、中に氷を入れ包んだ。


猪男にふと目を向けると、先程まで動いていた猪の頭は台所にある机の上に置かれていて、それを被っていた本体の方がどこにもいなくなっていた。







「鬼狩りさん…?」



「なんだ。」



またしても背後にいたのか。気配を全く感じさせないこの猪男は本当に動物かなにかなんだろうか。後ろを振り返ると、そこには毛先の青い肩ほどまで伸ばした髪に綺麗な顔をした人が立っていた。






この人は誰だ、と理解できない頭をフル回転させ、さっきまで聞いていた声と全く一緒ということに気付く。ということは、この人が猪男。ガサツで礼儀もなってない野生の動物のような言動からは連想し難い端正な顔立ちに息が詰まった。






「こ、これで、冷やしてください。」




一瞬止まった思考に鞭を打ち、彼に風呂敷を渡すと、受け取るなりそれを見たまま固まっていた。



「これをどうしたらいい?」

「いや、ふつうに冷やせば…」

「こうか?」





彼は少しの間考えたあと、渡した風呂敷を広げ中身の氷がボトボトと音を立てながら零れる。そしてビショビショの風呂敷を頭の上に乗せていた。
いや、せっかく氷包んだのになにをしているんだ。と思いつつ、目の前の真剣な顔を見ていると、次第に最初の嫌悪感はなくなっていた。
生まれ育った環境が違うんだ。私が藤の花の家紋を掲げ、鬼狩りの人を尽くすよう掃除洗濯料理など一通り幼い頃から教えられたように。この人が猪の頭を被っているのにもなにか理由があるんだろう。





「はは、違いますよ。こうです。」



私は思わず笑いが抑えられず、口角が上がったまま、彼の頭の上に乗せられた風呂敷に再度氷を入れ包み直してから、彼の大きく腫れ上がったでこにある瘤に優しくあてた。




「これで少しは痛みもましになりますよ。」



それにしてもこの瘤。どうしたらここまで大きくなるのかというくらい腫れ上がっている。やっぱり鬼狩りの方は怪我が絶えないのだろうか。






「お、俺をほわほわぎゅんぎゅんさせるなぁぁ!!!!」





数分氷をあてていると彼は勢いよく立ち上がり、台所から走ってどこかへ行った。
いきなりのことで理解ができず、去っていった姿をしばらく見つめていた。
どうしたんだろうか、ほわほわとかぎゅんぎゅんとかよく分からない擬音を口にしていたけど、瘤のほうは大丈夫なのだろうか。いやきっとあれは一日二日で治るものじゃない。たしか肋骨も折れていると祖母が言っていた。傷が治るまではここにいるのだろう。







「…新しい軟膏を買わなくちゃ」









そして、台所に置きっ放しの猪の頭を返そう。
そして、彼の名前を尋ねよう。








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