彼は炎柱という名が相応しいくらい燃えるような闘志で、全てを包み込んでしまうくらいの存在感で、眩しいくらいに笑う人だと思った。
私は彼の真っ直ぐな目が全てを見透かされそうで、どうも苦手で、いつも目線を逸らしていた。
「名前はいつも眠そうだな!」
「は、はい?」
ある日の昼下がり。任務で炎柱である煉獄さんとご一緒することになり、浅草へ向かっている道中のことだ。
隊員が10数人ほどいる中で、しかもただの平隊員である私の名前を呼ばれることなんてそうあることではない。なのに眠そう、だなんてパワーワード処理し切れるはずなかった。
「眠そうに見えたのなら申し訳ないです。…別に眠いわけでもないです。」
「そうか!」
そう言ってスタコラサッサと先に進んでいく彼の背中。
結局煉獄さんは何が言いたかったのか。
というかそもそもなぜ私の名前を。
私が、
彼の顔を見ずに避けるようにいたことを不快に思ったのだろうか。でも、そんなこと気づくのか。
ひたすら疑問が頭の中に浮かんでは昇華しきれずに遠くなっていく彼の背中に消えた。
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夜、藤の家で食事や風呂などお世話になり、あとは寝床につくだけだった。
長い縁側を歩き、厠から用意された寝床に一人で歩いていたとき、その数メートル先の角から月明かりに照らされてきらきらと光るような金糸雀色の髪の毛がちらりと見えた。座っているのか低い位置に頭があった。
あの綺麗な髪は、と頭の中で顔を思い浮かべた時、その髪の毛がさらりと動いて、顔がこちらに向けられた。そして、あの真っ直ぐな目線も。
どうしよう、目が合って、いや、ここは普通に挨拶を。いや、でも、二人っきりは。
「…今夜は満月だ。」
煉獄さんはこちらに向いた視線をゆっくりと逸らし空に移すと、優しい声色で言った。私もそれに習うように見上げた。
「きれい、」
ポツリと口から出た言葉にハッとして、煉獄さんに視線を戻すと彼はもうこちらを向いていて。
どくんと心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「ここに座ってくれないか。」
煉獄さんが言う、ここ、とはきっと隣を意味するんだろう。断る言葉が一番に頭に浮かんだが、それを辞めて足を煉獄さんの元へ進めたのは、昼の言動がどこか気になっていたからだろう。
早くなる脈を感じながら、煉獄さんから人一人分空けた縁側に腰掛けた。
「昼はいきなりすまなかったな。」
座るなり私が一番気になっていたことを謝る煉獄さんはこちらを真っ直ぐ見て頭を下げた。
「あ、頭を上げてください。驚きはしましたが、そんな謝られるほどでは、」
ただの隊員である私が柱である彼に頭を下げさせてる状況は、第三者から見ても私自身も違和感でしかなかった。慌てて私が彼の顔を上げるようにと言うと、煉獄さんはゆっくりと頭を上げた。そしてそれに比例するかのように次は私が視線から逃れるため、頭を少し下げた。
「いつもそれだ。」
私の頭より高い位置から言葉が降ってくる。
言葉の意味を理解出来ずにいると、立て続けに煉獄から言葉が発せられた。
「名前は常に下を向いているな。」
嗚呼、なるほど。
私の予想は粗方合っていた。私がいつも彼の視線から逃れるかのように頭を下げ、視線を下げ、避けるようにしていたから、きっと彼は不快に思ったのだろう。だから私の名前も知っていた。悪い意味で。
私の不備だ。彼に申し訳ないことをした。苦手、などと言って、成人済みの大人がやることではなかった。
頭の中で反省会を開いているのも束の間、いきなり両肩に熱さを感じた。煉獄さんが私の肩を掴んだ。と同時に下の方に向けられている視界の中に煉獄さんが覗き込むように入ってきた。それはもう、かなり近い距離で。
「な、」
「いつも寝不足なのか?鬼を斬るという只でさえ普通じゃない仕事だ。あまり無理をするな。」
と言うと、両肩で感じていた熱が移動し、私の頬に移った。つう、と私の頬を撫でるその指先は思ったより冷たくて、だんだん熱を帯びる私の頬はよりその冷たさを感じていた。
「ね、寝不足、って、」
「そうだろう?いつも眠たそうに下を向いている。」
なんと言えばいいかわからなかった。
違う、私はあなたの真っ直ぐな目に吸い込まれてしまいそうで苦手で。
でも、その大きな背中に憧れていて。
遠い遠い存在だと、私が届くはずのない人だと、思っていた。だけど、今こんなに、近くに。
今まで避けていた視線にチラリと目を向けると、彼はやっぱり真っ直ぐとこちらを見ていて。だけど、間近で見るその目はとても優しくて。私は早くなる鼓動を抑えながら、目を逸らすことをやめた。
「わ、私が下を向くのは、煉獄さんが眩し過ぎるからです。」
そう告げると、一瞬煉獄さんは豆鉄砲を食らったような顔になったが、すぐに大きな目を薄くさせ、笑っていた。
その姿はやっぱり眩しくて、直視なんて出来るもんじゃなかった。
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