最近厄日が続いているんだと思う。

頬の傷は治りつつあるけどまだまだじんじんと痛むし、食べたかったおはぎ実弥さんに取られるし、任務は毎日のようにあるし…、まあそれは当たり前なんだろうけど。
それだけじゃないんだ、わたしが厄日だと思うのは。今日の朝目覚めたら下腹部の痛みと腰痛それに気怠い身体、体の調子がすこぶる悪かった。



「…風邪、引いちまった。」



絶対に風邪だ。もうなに?最近ついてなさすぎるけどなんで?鬼の呪い?
はぁ、とため息をつくも一向に布団から上体を起こす気になれない。ああ出来ればこのままでいたい、




「起キロ!今日ノ任務ダ!!」

「…はぁ、もうわかってるから、大きい声出さないで。」


わたしの切実な思いとは裏腹に、カラさんは今日も自室の窓から高い声を上げる。こんなことなら昨日窓を閉めて寝るんだった。
起きろ起きろ、と執拗に叫ぶカラさんの声にわたしは重い上体を起こす。準備を、しなくては。

よいしょ、と布団から身を出し足で畳を踏んだ瞬間、わたしのズボンに突如見える赤色に思考が停止する。
え、と視線を彷徨わせるとその赤は布団にもズボンの股下辺りにもべったりとこびり付いていた。
これは、まさか。
いやまさかではない、確実に、




「……………月経だ。」




体のだるさから勝手に風邪だと思い込んでいたが、まさかの初潮、しかもこの大量の赤に少し貧血を起こしそうになる。
書物で読んだことはあるけど、まさかこんなに体がきついとは。おめでたいものでは、ないな。

にしてもこの衣類や布団についたこれどうすればいいんだろう。というかこの姿のまま誰かの前に出られるわけがない。
そうだ。カラさんに誰か女性隊員を連れてきてもらって、と思いついた瞬間、カラさんに視線を移すと窓にいたはずの姿がなかった。





「あれ、いない、」

「名前!」

「へ」


パァン!!と勢いよく開けられた自室の襖から姿を見せたのは紛れもなく一番見られたくなかったであろう人物。ああ、最悪。
赤くなった布団の横で膝立ちになっているわたしの姿を見るなり、彼の目は大きくひん剥き額に血管が浮かび上がっている。



「さ、実弥さん、おはようござい」

「…誰から斬られた?俺がぶち殺してやる。」



ほら。絶対にそうなると思った。
盛大な勘違いをしている我が師範にわたしは頭を抱える。差し詰めカラさんが実弥さんにわたしが血を流しているとでも連絡したのだろう。だとしてもこの状況は最悪だし、なにより恥ずかしいことこの上ない。
実弥さんはこちらに近付くなりわたしの横にくると、同じ目線になるようしゃがみこんだ。



「早く言え。…誰か庇ってるのかァ?」

「あのですね、実弥さん、それは勘違いでして、」

「…あぁ?」


うまく言葉が出ずに視線を逸らすと、実弥さんはどうした?と優しい声色で聞いてくる。聞かないでほしい、なんてこの心配してくれているであろう顔を見ると尚更言えない。
もうここは素直に言うしかないんだろうか。そうだ、恥ずかしいわけがない。あくまで自然現象的なことであって、隠すほうが変なんだ。




「えっと、これはですね、」

ああ、と答える実弥さんの真っ直ぐな目をちらりと見て、軽く息を吸い込んだ。不本意ながら顔に熱が集まるのを感じる。





「………月経、なんです。」




「………………はぁ?」




「初潮がきたんです、だから、この有様でして…。」




布団についている赤をちらりと見ながら俯く。ああ言ってしまった。男と女だからだろうか、無駄にこの言いにくさというか気恥ずかしさというか、ああもうなんだって言うんだ。
というか、あれ?実弥さんからの何らかの反応を待っていたわけだが、一向に何も言わない彼に疑問を感じた。下にあった視線を目の間にいる実弥さんをちらりと向けると、そこには豆鉄砲を食らったような顔をしている間抜け面があった。






「…あ、あのぉ、実弥さん?」

「…………………あぁ。」

「えっと、後片付けはわたしどうにかするんで、もう大丈夫です、よ?」

「…………………………あぁ。」



あ、これだめだ。
それはもう魂の抜けたというか意識ここに在らずというか、いつもの実弥さんからは想像もつかないような雰囲気の彼が目の前にいた。思わずわたしが気を使ってしまう。

そして徐に立ち上がると、ゆっくりとした歩調でわたしの部屋を出て行く。その後ろ姿をぼうと見送った。

無駄な神経を使ってしまった故か、先程まで感じていた体の怠さがどこかへ飛んでいったようだ。
動けるようになった体で、速やかに後処理を行った。




















「今日ノ任務ハ中止!名前ハ休養!」

「…助かります、カラさん。」



わたしはあれから布団と衣類にべったりとこびり付いた赤色を取るため洗濯をしていたわけだけど、忘れた頃に振り返すこの下腹部の痛みは本当に酷なものだった。更に腰痛と頭痛が加わったことで頭がうまく働かない。
やっと洗濯が終わった頃にはもう体のきつさはピークを迎えていた。任務中止、のカラさんの言葉は今のわたしにとってどんだけ有難いことか。




新しい布団が屋敷に余っていたので拝借し、自室に戻る。ああ、部屋までが遠い。重い体を引きずり、布団を抱えゆっくりと足を運ぶ。

と、途端に抱えていた布団がふわりと浮いた。あれ、と状況を理解するよりも先に布団を抱え前を歩く実弥さんの後ろ姿があった。




「…一人で運べるのに。」

「目の前でちんたら歩かれた方が邪魔だ。」



ぼそりと独り言を呟いたつもりだったがどうやら聞こえていたらしい。でも朝の様子とは打って変わっていつも通りの彼の様子に少しほっとし、普段より遅く歩いてくれているのに気付いてつい嬉しくて笑ってしまった。


















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実弥さんはわたしの部屋に着くなり、ボスンと布団を投げ込んだ。ありがとうございます、とお礼の言葉を言うけど彼の耳に届いていないのか無反応。ゴソゴソと隊服のポケットからなにかを取り出し、わたしの前にそれを差し出した。







「大人しくこれ飲んで寝とけ。」



実弥さんの手には小さな包みが一つ乗せられていて、言われるがままその包みを受け取り中身を確認すると白い粉があった。これは、





「…薬ですか?わざわざこんな、」

「おとなしく、寝とけ。」



おとなしく、を再度誇張させながら大きな手でわたしの頭を鷲掴みすると、くしゃりと髪の毛を無造作にかき乱した。
すぐにその手は離れたけれど、暖かさはわたしに残されたままで、さっきまでの頭痛が緩和されたような気がした。
気がしただけ、だけど。
それでも嬉しくて温かくて。

思わず笑みをこぼす。と、頭に置かれた手でぐしゃぐしゃと更に髪を乱される。
照れてるのかなんなのか、ちらりと見えた実弥さんの顔は気まずそうにしていた。
そりゃそうか。急にわたしに初潮がきたってなったら驚くか。たしかに、そうなんだけど。そんなに気まずそうにされたら、ね。こっちが恥ずかしいじゃないか。今更わたしたちが男と女ということを突き付けられた気がして、むず痒い。違うのになぁ、わたしたちの間にそんなの関係ないことなのに。
少し熱い顔を悟られないように下を向いた。












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「これ、もしかしてしのぶさんから頂いたんですか?」
「なわけねぇだろ、」
「んふふ、わざわざありがとうございます。」
「お前には耳ついてねぇのか。」









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