長い夢を見た。






場所は、どこだろう。


記憶にない見知らぬ4畳ほどの狭い部屋。そこに布団が一枚ひいてある。布団の中には寝たきりの男、横には看病している女、そしてわたしを抱いて涙を流す女。
何もかもが覚えのない異質な状況で、わたしはひたすらされるがままに抱かれるしかなかった。




《名前は、お父さんとお母さんが死んだらどうする?ついてきてくれるかい?》





その言葉に耳を疑う。
お父さんとお母さん?わたしの両親だというのか、この人たちが。見た目からしてわたしを抱いているのが母、寝ているのが父、なのだろうか。



《お姉ちゃんはついてきてくれるって言ってくれたよ。》



消去法でいくと姉というのは看病している女のことか。わたしには姉がいたのだろうか。いやそもそもこれはわたしが見ている夢にすぎない。本当の両親と姉であると確信できるわけがない。




《…名前もついてきてくれるんだね、親孝行な子供を持って私は幸せだよ。》



そう言ってさらに力を込めてぎゅうと抱きしめられる。

なんだろうか。
うまく言えないけれど、この人たちが親かどうか確信する前に、親であって欲しくないと強く思った。

死んだら共に逝くのが親孝行、だと言うこの女の発言に行き場のない苛立ちを感じる。いつもいつもそうだ。母は病気で弱っていく父を見ていつも泣いてばかりでわたしのことは放ったらかし。姉も母を安心させるためか常に父の看病をしていて。全員働かずに外に出ることもないから金もない。だからいつも外に出て、なにか仕事をくれないかと裸足で歩き回って、













あれ。この記憶って一体。





















勢いよく目を開けた。

目の前にはいつも見ている自室の天井で、あれはやっぱり夢だったんだと安堵する。と同時にあの夢は、本当にあったことなんだろうかと蟠りが残った。実弥さんに会う前のわたしはあの夢の出来事を実際に体験したのだろうか。どうも自分のことである気がしないのは事実だが、あれは紛れもなくわたし自身の脳の奥で、覚えている記憶だった。







「…やっと起きたか。」

「あ、実弥さんおはようございます、ってあれ。わたしなんでここに、」



一番新しい記憶は昨夜のことだ。帰れなくなり野宿していたときに鬼に遭遇したのだ。そう、それでなぜか気を失うように寝てしまったんだ。なのに今はなぜか自室の布団でわたしは横になっているし、実弥さんはわたしの布団の横に胡座をかいている。そしてその顔はすごく呆れ顔だった。



「血ぃ流したまま鎌倉で寝てるお前を連れ帰ってやったんだよ、俺がァ。」

「え、実弥さんが…?…も、もしかして風邪とかひいてます?大丈夫ですか?頭痛とかありますか?」

「…てめぇ余程俺を怒らせてぇみたいだなァ。」


 



だって、そんな風邪でもない限り実弥さんがわたしのためにわざわざ鎌倉まで足を運んで、わたしを背負って帰ってくる、だなんて。
そんな嬉しいことあっていいんだろうか。

実弥さんの口調はいつも通りだけれど表情に少し疲れが残っていて、はぁあと大きな欠伸をする彼にもしかしたらわたしを心配して寝不足だったのかもと申し訳ない気持ちになった。同時に嬉しくも感じたけれど。






「嘘です。ありがとうございます、実弥さん。」





寝たままだった上体を起こし笑ってみせると、左頬にある傷が痛んだ。そうだ。昨日、あの鬼に頬に傷を付けられたんだった。あれ、でも、




「ここも実弥さんが治療してくれたんですか、」




違和感を感じて自身の左頬に触れてみると、きちんと布が当てられていて痛みこそ消えていないが、昨夜に比べたら多少はマシになっていた。






「…あぁ応急処置程度だけどな、あとは自分で胡蝶のとこでも行っとけ。」

「すいません、何から何まで申し訳ないです。」





座ったままではあるけど頭を深く下げた。
わたしの力不足のせいで迷惑をかけてしまったこと、昨日鬼の首を斬り損なったこと、全て彼の継子として相応しくないことだった。考えれば考えるほど頭を上げられなくなる。鬼を逃したことを言えば、もしかしたら継子を解消されるかもしれない。それだけは絶対に、





「痛ぇか。」




下げたままの顔を上げるかのように実弥さんの手が傷があるわたしの左頬に触れた。それはもう、割れ物を触るばかりの優しさで。少し頭を上げる、けど彼の目は見れない。



「少し、だけどこのくらい大丈夫です。寧ろわたしは、昨日鬼を斬りそこね、いたっ」





わたしの下がった頭は左頬に走った痛みで反射的に上げられた。実弥さんの手には頬に貼られていたであろう傷当てがあった。な、なんで勢いよく引っ張った?さっきまでの優しい手は何処に?じんじんと頬からの痛みを感じる。実弥さんの顔は何ら変わらず、手にある傷当てをぽいとどこかに捨てた。






「あぁ?大丈夫なんだろ?」

「いや、え、そんないきなり取られたらめちゃめちゃ痛いんですけど。」

「にしても中々深ぇな……。治んのか、これ。」





話を聞いてないとはこのことを言うんだろう。実弥さんはわたしの頬を片手で掴みながら、傷をまじまじと見る。





「はねみはん…いあい…。」

「………。」

「……?はねみさん、」






「名前、昨日会った鬼の面覚えてるかァ?」





昨日の鬼の顔?
それはもう忘れるはずもない。
暗い中でもわかる青白い顔。話すたびに見える犬歯。帽子の鍔から覗く赤い冷酷な目。全てが頭の中に焼き付いて離れない。






「その鬼の面ぜってぇ忘れんなよ。」

「へ、」

「覚えておかねぇとぶち殺せねぇだろ。」






ぎゅうとさらに頬を掴む手に力が込められたのを感じた。


実弥さん、怒っている。
痛みは先ほどに増して涙が出そうなくらいあるけど、傷よりもそれを見つめる彼の表情が気になった。もしかしたらこの傷をわたしよりも気にしているのは実弥さんなのかもしれない、と思わせるくらいの憤りを感じた。有難いなぁ、と思わずにはいられない。





「……あいがおう、おざいあふ。」




ああでもやっぱり力強すぎ。痛みに耐えられなくなってわたしの頬を掴む実弥さんの手を引っ張ると、なんなく離れた彼の手。
ふと触れた実弥さんの手を見ると、古い傷から最近できたのだろう生々しい小さい傷もいくつかあった。

無意識に、その傷をツーと指でなぞる。
あんなに強い実弥さんだってこんなにたくさんの傷がある。傷一つ作ったくらいなんだって言うんだ。というか、わたしは、








「……実弥さんに近づけたみたいで、少し嬉しいんです。」


「あァ?」





いえなんでもないです、と言葉を濁すと実弥さんもそれ以上は深掘りしなかった。
やっぱりわたし自身性別が女であるから傷を作る、ましてや顔になんて少し精神的にくるものではあった。だけど、わたしがこれから生きていく中で、出会うかもしれない想い人や配偶者よりも、目の前にいるこの人が一番大切だと心から言える。だからその人と同じような傷が顔にできることが馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、嬉しくも思えた。



















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