言ってしまえば、最終選別はそんなに難しいものではなかった。
たった7日生き残ればいいだけの条件で鬼を倒さなきゃいけないノルマもない。

実弥さんの稽古で彼の太刀筋を読んで攻撃をかわすほうが百倍も酷だったし、それより飲まず食わずに過ごすことのほうがよっぽど試練だった。
ある意味ボロボロで終えた最終選別は無事に終わり、わたしは晴れて鬼殺隊の称号と鎹鴉が与えられた。












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「ただいま戻りました〜〜〜。」





やっと帰ってきた風屋敷の戸をくぐり、一声張ると近くにいた隊員たちからはおめでとうやら流石やら色々な声を掛けてもらった。

素直に嬉しく思う。
わたしは剣の才はないがこうやって人に恵まれているからこそここでやっていけてるとつくづく思った。

あわよくば実弥さんからの褒めの言葉も貰えるだろうか、いやきっと貰える。こんなときこそ褒めてもらなくては。


















急ぎ足で稽古場へ向かう。
きっと今の時間はここにいるはずだと踏んで向かったはいいものの、肝心の探し人の姿はなかった。


稽古をしている隊員に尋ねると、今日は見ていない。とのこと。
珍しいこともあるもんだ。
彼は1日の大半を稽古場で過ごすかお館様のところか任務に出ているような人なのに。













疑問を抱えつつ屋敷内を探すことにした。
食事処、風呂場、と足を運ぶが探し人の影はない。

あれそういえば10日ほど風呂に入っていない。
どうしよう。絶対臭い。年頃の女から臭ってはいけない匂いがしていそう。
今更ながら自分自身から悪臭を放っている気がしてたまらなくなり、先に風呂に入ろうかと迷ったが、まず一言実弥さんに報告をすることにした。





実を言うと、今までわたしは実弥さんと離れて過ごしたことが一度もなかった。1日たりとも、だ。

10歳の頃に彼に拾われ、いや正確に言うと助けられた、のかもしれないけれど。
ずっと実弥さんと過ごしてきた。
例え10日という短い日数だとしても。
たかが10日されど10日。
一種の郷愁にも似たような思いが選別中常にあった。

はやく顔を見たい。












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あちらこちらと探し回り彼の自室に着いた。

なんとなく中から気配がして戸の前で実弥さん、と一言声をかけると物音が聞こえた。
あ、なんだ部屋にいたんだ。



すぐに戸は開けられ、そこには10日前と変わらない彼の姿があった。思わずほっとして笑みが溢れる。




「実弥さん、無事に鬼殺隊員になれました。」

「あぁ鴉から聞いた。」

「そうなんですか?なーんだ驚かせようと思ったのに。」






実弥さんは徐ろにわたしの左腕をぐいと引っ張り、自室の中に引き寄せられた。
背中から戸がぱたんと閉まる音がした。









「で?」

「でって、あとは特になにも、」

「おい気付かれてねぇとでも思ってんのかァ?」

「な、なにがなんだかわたしには…。」






違う。
わたしが思い描いていた理想とはかけ離れた状況に頭がついていかない。

よくやったなだとか流石俺の継子だとか甘い言葉ばかりを期待していたのにも関わらず、どうして尋問されるかのようにジリジリと壁際に追い詰められているんだろう。
これじゃまるで猫と鼠。すぐにでも取って食われそう。










「あ、あの、実弥さん?一旦落ちつい、」

「どこで道草食ってた?」

「へ」

「どこで、道草食ってた?」






ギクリと大きく心臓が跳ねた。
そしてこれ以上知らないふりをしているのはきついと察し、ごめんなさいと小さく謝った。
やっぱりこの人には嘘と隠し事だけはすぐに気付かれてしまう。











「えっと…、実はですね、帰ってる道中美味しそうな匂いにつられてうどんをたくさん食べたら眠くなってしまってですね…。」






無意識とは怖いものだ。
藤襲山から帰っている途中わたしはハイエナのように飢えていて。
自然といい匂いがするほうへとつられて歩いていたら、気づけば腹一杯のうどんを食らっていたわけで。あー怖い怖い。







「爆睡して起きたら数日経ってて慌てて帰ってきたってことか…。」

「いやーうどん屋のご主人にはお世話になりました。あ、近いうちに挨拶へはきちんと向かいますよ?」







はぁ、と深いため息と共に、実弥さんは自分の頭を抱えるかのように髪の毛を掻いた。

あ、よかった。あまり叱られないみたい。
目が覚めた瞬間、焦りや驚きよりもなによりも彼の怒り顔が頭に浮かんだ。
そのとき言わなければ大丈夫、気付かれやしないと悪知恵が働いたわけだが、実際ばれても叱られずに済みそうだ。
それならば最初から素直に言っておけばよかった、なんて。









「誤魔化そうとしてしまってごめんなさい。心配しましたよね?」

「あぁ?するわけねぇだろ。」

「わたしは心配でしたよ。実弥さんちゃんとご飯食べてるかなとか怪我してないかなとか。」

「お前は………、いやもういい。」






そう言って壁に手をつくとわたしに項垂れながら、またひとつ大きなため息を吐いた。

そんなにおかしなことを言っただろうか。
そりゃあ今までずっと一緒にいたわけだから、いざ離れたら心配のひとつやふたつするものだろう。
言葉には出さないけどこの様子は相当わたしを待っていたに違いない。
そう思うと自然と笑みをこぼしてしまった。












「ごめんなさい。次からはなにかあればカラさんにお願いして連絡しますから、ね?」

「…あ?カラさん?」

「鎹鴉ですよ。わたしも立派な隊士です。」



だから少しは安心して下さい。
出会った頃の10歳だったわたしではないんです。

そんな意味を込めて顔を上げた彼の目を見つめた。

伝わっただろうか。
少しでも伝わっていてくれればいいけれど。









実弥さんもわたしの目をじいと見つめると、そのまま表情を崩すことなく、すうとわたしに手を伸ばしてきた。
丁寧に、でもその手は傷だらけでどこか似合わない。

その手は髪の毛を梳くように触れて、わたしの耳にかけてくれた。何度も。
あまりにもボサボサだったからだろうか。
ああやっぱりお風呂に入っていればよかった。









「汚ねぇ面してんなァ。」

「……お風呂に入りそびれました。なのであまり触らないほうがいいかと。」







それは一見兄が妹にするような行動のようで。
いつもなら身を任せるところだが、やっぱり10日もの間風呂に入らずというのはさすがに汚い。というかそこはかとなく気恥ずかしい。

わたしの言葉が聞こえていないのか無視しているのか、構わずさらりと髪に触れる実弥さんは、悪い。









「…こんなボロッボロでなにが立派な隊士だ。」

「だったら、これからもご指導宜しくお願いしますね。」





実弥さんはクッと喉を鳴らすかのように笑うと、わたしの横髪に触れていた手を一度頭の上でぽんと優しく撫でるように置いた。そして彼の手は離れていった。



こんな優しい雰囲気の実弥さんを見たのは久しぶりでーーー前に見たのはいつだったけ、たしかわたしが風邪をひいたとき?思い出せないやーーー思わず笑ってしまった。
そしてその手をどうかまだ離さないで、と。











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