わたしが覚えている一番古い記憶は、それはもう無残なものだった。




目の前にはただただ赤、赤、赤。
隣で倒れているのは誰なのか。なんで傷だらけなのか。なんでこんなにも夥しい量の血の中にわたしはいるのだろうか。

回らない脳でその状況を見てもなにがなんだかよく分からない。
ひゅーひゅーと喉から出る音に違和感を感じ、そこで自分の呼吸の浅さに気付くほどに。


ふとこちらを見ているかのような、ひやりとした気配を感じ辺りを見ると、血溜まりの中に佇んでいる誰かに気付いた。


この人が、やったのだろうか。

薄れゆく意識の中、ただただわたしはその人に手を伸ばした。お願い。手を。お願い。助けて。
這いつくばって手を伸ばす姿がどんなに汚らしかろうが、そんなの関係なかった。



まだ、死にたくない。
















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「てめえ、なにやってんだ?」




ドスの効いた低い声が暗い部屋に響く。
ドス効きすぎて地響きがするほど。いやそれは盛ったかもしれないけど体感はそんな感じで。

背後から聞こえた声に心臓がどくんと鳴り、早くなる心拍を感じながら恐る恐る後ろを振り返ると、それはそれはそれは鬼の顔をした風柱の顔が。







「こ、こんばんは、実弥さん。今日はいつもよりご機嫌斜めなようで…。」

「夜な夜なこうやって食い意地はって盗み食うやつがいるからなァ?」






実弥さんのひん剥いた目がわたしを映している。


現在の時刻は日付が変わり深夜の1時過ぎ。
わたしは耐えられない空腹を満たすため、暗闇の中で食料を求めたところ、実弥さんの大好物であろうおはぎを発見した。そしてそれはいまわたしの口の中にある。

ああこのまま彼の目からわたしの姿を今すぐに消してほしい、なんて叶うはずもない願いに対して、わたしの腹の音は未だにぎゅるるるると素直に鳴っている。








「だだだだってお腹が空いて仕方がないんです、ほらわたし今日見回りから帰ってくるの遅かったでしょう?残ってる夕飯が少なくて少なくて、安心してください!実弥さんの大事なおはぎはもう一個あります……から……、ね?」





食べかけのおはぎを片手に必死に言い訳をする。
が、どんなに挽回をしようとしたところで自分でザクザク墓穴を掘ってしまう。ああ冷や汗止まらない。







「面ぁ貸せ。いまから稽古付けてやる。」








ひぇという声が思わず口から漏れ出た、というのも、彼の顔が今まで以上に怖い顔ーーー正確に言うとひん剥きすぎて充血しつつある目、破裂しそうな血管、とまで言えばわかるだろうかーーーをしていたため流石に命の危険を感じるレベルだった。

今まで何度かこうやって夜食を求め盗み食うことがバレても、怒られはしたがここまでは…、いやそのときもかなり怒られたか。
でも今回は実弥さんの好きなおはぎだったからなぁ。ああわたしの人生思い返せば怒られてばかり。
だなんて思い返すのも束の間、寝間着の襟を容赦なく捕まれ引き摺られながら、稽古場へと連れていかれるのだった。










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「ふあああぁ。」




すっごいでかい欠伸だな、と共に不死川邸に住む隊員たちに笑われる朝。
結局早朝まで稽古という名のリンチに近い暴行を避ける、鬼のような時間を過ごしたおかげで、寝不足もいいところだ。
だけど朝飯の時間にはしっかり起きた、じゃなきゃこの空きすぎたお腹が本当に背とくっつきそう、てかもうくっついてるに違いない。





至福の時間も終盤に差し掛かり、デザートであるわらび餅を口に含もうとしたときだった。

一瞬で周りの雰囲気が変わったのを感じ、戸の方にちらりと目を向けると、記憶に新しい姿があった。
一直線にこちらへ向かってくる姿は早朝までの地獄を思い出させる。ある意味走馬灯だ。









「わ、」





わたしの横で立った彼こと実弥さんに手首を掴まれたと思えば、ぐいと上に引っ張られ立たされる。
その瞬間口に入るはずだった餅は無残にも机の上にきな粉を撒き散らしながらぼとんと落ちた。嘘でしょ。






「ああ!実弥さん!!!せめて餅だけは!!!餅だけは食べさせて!!」







とわたしの切なる願いも何処に、すたこらと足を進める。
ああ、わたしの、わたしの餅が。と嘆こうとも聞く耳を持たない実弥さんに引きずられながら食事処を後にした。













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連れていかれたのは実弥さんの自室であった。

なんだなんだ。もしかしてお説教モード?待ってよ、わたしのほうが怒りたいんだけど。
と亡きわらび餅の恨みを思おうが彼には届くはずもなく。


どんと実弥さんは座布団に腰を下ろす。わたしにも座れと言うように目線を送ってきた。







多少顔色を伺いつつ、机を挟んだ場所へ向かい合うように腰を下ろした。
だが、実弥さんは口を開かない。
なにかを考えているかのような、もしくは腹を立てているかのような、そんな表情。








「実弥さん、よかったらわたしお茶でも…」

「名前」








そろそろ藤襲山行くか。











実弥さんは少し眉をしかめながら、だけれど声色は、少し、少しだけれどわたしを悟すかのような優しい声で言った。
そして彼の言う藤襲山、というのは鬼が幽閉されている山で7日生き残るという鬼殺隊員になるための最終選別を意味するものであった。







「最終選別、ですか…。ついこの間までは15になったらという話だったと思うんですけど、それがまたどうしてですか?」



というのもわたしはまだ14になったばかり。
実弥さんからは長い間15になったら、という風に言われてきた。
あ、わかった、もしかして、






「わたしの実力が上がってきたということですか?絶対そうですよね。やっぱり。最近実弥さんの攻撃にも避けられるようになっ」

「あぁ確かにそれもある。」

「てきたかなって…………、ええ???」







半分冗談半分適当に言った言葉に予想外の返答がきて、思わず豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。

だって彼のもとで学んできた今まで褒められたことなんて数える程度、もあったがわからないくらい。









「なわけねぇだろ。嘘か本当かぐらい自分で考えろ。」

「いやどんな嘘ですか…。」

「とにかく行け。さっさと。」








以上だ。と言う彼の話はもう終わったらしい。
一方的な会話に困惑が隠せないが、どうして?なんて聞いても答えてくれないだろう。
大事なことはいつも言わない人だから。
その思考回路が目に見えて分かったらどれだけ楽か。
4年という年月を過ごしてきたけれど、分からないことばかりかもしれない。







諦めて彼の決定にわたしら首を縦に振ることしかできなかった。











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