可哀想な子だと思った。


不死川が預かることになったと聞かされていた少女は、肩まである髪をなびかせ、綺麗な色の袴を身に付け、自分の境遇を知らないかのように飄々としていた。
だが、ちらりと袖から見え隠れする腕は、まるで皮一枚で覆われているだけの骨のようで。
綺麗な衣とか細い腕がとても不釣り合いだった。
初めまして、と、口を動かす度に頬骨が浮き出るほどに肉付きが悪いその顔は終始にこにこと笑っていた。




気分はいいものではなかった。
その無垢な笑顔に思わず嫌悪感を抱かずにはいられない。

この子は何も知らない。
自分がどんなに不幸で恵まれていないことを知らずに笑う姿があまりに哀れで、そしてこのように脆弱でひ弱な子はこの世ではすぐに死んでしまう。





ああなんて、可哀想なのだろうと。

































「あー降り出してきちゃいましたね。」



蕎麦屋を出ると空からザーザーと雨の音。
生温い風に雨が含み、先程よりも湿気た空気にじわりと汗が滲む。
地面に叩きつけられる雨音は力強い。

まだ降らないと思ったのに、と空を見上げながら苗字は持参していた傘を広げる。
生憎任務帰りで雨具を持ち合わせていない。
この雨量だ、すぐに止みそうにない。仕方がない、と濡れて帰るのを決心したところで苗字から傘が差し出される。






「悲鳴嶼さん、どうぞこの傘使ってください。」

「私はいらない……。第一君が濡れるだろう……。」

「走って帰るから大丈夫ですよ。それに悲鳴嶼さんのお屋敷のほうが遠いでしょう?」




私に傘を精一杯に伸ばす苗字の服は、降り続ける雨で一瞬にして色が変わっていた。
いらないと突き返す。が頑なに、わたしもいりません、と。
ふたりして濡れながら一体なにをしているのか。
全く折れる様子がない苗字に結局私が折れることになった。満足そうにしている苗字の手から傘を抜き取る。
馬鹿げたやりとりをしたせいでお互いかなり濡れてしまった。






「好意は有り難く受け取る。だが君を屋敷に送ってからだ……。」

「それじゃあ遠回りになりませんか?別にわたしは、」

「…………後々風邪でも引かれたら困るのは私だ。」





今日のような土砂降りの日に傘も差さず濡れて帰った、それが半ば私に関係しているとなれば、いささか後味が悪い。それに風邪でも引くようなものなら目くじらを立てる者がひとり頭の中に浮かんだ。






「それじゃあ…、お言葉に甘えて。」





私ひとりで入るにも小さい傘にふたりで入る。
既に濡れている肩の上に落ちる雨は、そこだけ温度を変えていくようだった。
それなのに、上機嫌なのか鼻唄を奏でながら横を歩くこの子は、一体なにがそんなに楽しいのだろうか。私には理解ができない。
雨音にかき消されながらも聴こえる鼻声は、土砂降りには少し明るすぎる気がした。






















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「え」









突然だった。

苗字の足が止まったかと思えば、唐突に脇目も振らずに走り出した。
その先には、木陰で傘を差したまま空を仰いでいる人ひとり。
曇天の空の下、銀鼠色の髪がきらりと光っていた。






「実弥さん!!」







嗚呼、なるほど。と彼女が急に走り出した意味を理解するや否や、わざわざ迎えに来るなんて随分と甘やかしているんだなと。










不死川の傘の中に入ると、肩を弾ませながら話す苗字の横顔が見えた。
傘を差す反対の手にある鮮やかな色の折り畳まれている傘は、苗字の傘なのだろう。
苗字に傾いてばかりの傘は不死川の背中を守りきれず、濡れている。











ふたりの元へと行くと、不死川が眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔で私を見ていた。
その隣で自身の傘を持つ苗字はさぞ上機嫌だ。



「お蕎麦食べてきたんですよね、悲鳴嶼さん。」



呑気に美味しかったなどと言っている苗字に対して、更に眉をひそめる不死川の反応はおかしいことではない。
それ程までに意外な組み合わせだったのだろう。







「……だとしても黙っていくなァ。」

「もう、何度も謝ってるじゃないですか。」

「そういう問題じゃねェ。」

「いたたたたたっ!ごめんなさい〜!」







いつから不死川はこんなにも温かい顔をするようになったのだろうか。
いやただ単に私が知らなかっただけでもう何年も前からなのか。
全てはこの子の影響か。あの日の不憫な少女が。





側から見ているとふたりの姿は継子と師範というよりは、まるで本当の兄弟のようで。

ふと頭に過ぎったのは弟子の顔だった。
この光景を見たらなんと言うだろうか。
兄が元気そうでよかったなどと安堵するだろうか。
それとも苗字の姿と自分を重ねてしまうのだろうか。







「今日はありがとうございます、ご一緒してくれて。」

「………あ、ああ。…….別に構わない。」

「あとその傘持っていって下さい。あ、でもそれ屋敷にあった傘で誰の物か分からないのでまた今度取りにきます。」














兄には近づくなと。
そう告げたときの切ない顔は今でも覚えている。
玄弥はどうしてなんでと私に言うことはなかった。自分でも分かっていたのだろう。会ったところで兄に受け入れられるのか。鬼喰いをしていることの罪悪感。背徳感。失われた家族の時間。
全てが相まって口を閉じざるを得なかったのだろう。

私は自分の発言に後悔はしていない。
今もその考えは変わらない。
だがどうしても、弟子のあの切ない顔が頭から離れないのだ。











「………いや、弟子に返しに行かせる……。」













どうかこの選択に神の御加護があらんことを。








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