気付かなかったわけじゃない。
時折さらりとわたしの髪を梳く彼の眼は、わたしを見ているようで、違う気がして。まるで別の誰かと重ねているようで、認めたくなくて。

























「実弥さん、あの、わたし、」

「………夜が明けるなァ。」




思いの他いつも通りだった声色に、喉まで出かけていた言葉をぐっと飲み込む。

そうか。もうそんなに時間が経ったのか。
辺りに視線をやると確かに少しずつだけど陽が昇っていたようで、空が薄暗い。

小さく感じた彼の背中はいつの間にかいつも通りで。
支えるように抱き締めていたつもりが、今や縋り付くようにわたしの腕だけが回っている状態だった。
それでも、彼の冷たくなった背中をより一層ぎゅうと抱き締める。きちぃなァ、とぼそり。足りないくらいなのに。






「………実弥さんのことなにも知らなかったです。」

「別に、それでいいだろ。」

「…言わせて、しまったんですよね。」

「………」

「、知りたいけど言わせたいわけじゃなかったんです。いつか鬼がいなくなって、歳とって、もし、わたしがそこにいたらそのときは、って思ってて、」

「………に言ってんだてめぇは。」

「本当に、ごめんなさい、」







以前までは過去は過去、現在は現在と割り切っていた部分があった。
誰にだってひとつやふたつ、簡単には言えない過去があるはず。きっと鬼殺隊の中にはそんな人が五万といるだろう。現にわたしだって話していないことがある。

だけど本当は、全部蓋をしていただけ。
知りたい。
どうして鬼に悍ましいほどの執着を見せるのか。それは生き急いでいるかのように、自分の命を擦り減らすように鬼を鬼を鬼を。
どうして玄弥くんの名前を口に出したとき、切ない顔をしたのか。玄弥くんとなにかあったのか。
なんでも知りたい。なんでも話してほしい。なんでも聞きたい。ぐるぐる疼くその感情に気づいたのはいつだったか。
いつか話してほしい。そのときに横にわたしがいれば、そうなってほしい。と思っていた。





でも現実は思い描いていた理想とは、違った。
聞きたくなかった、実弥さんの喉から絞り出したような切ない声を。
今まで自分一人で背負ってきていて、それでも尚強く、生きてきたのだ。この人は。
震えている背中が、手が、声が、耳を離れない。
言わせてしまったのは他でもない、自分なのに。




涙が、止まらない。







「俺が言ったことは全部忘れろ。」

「……………忘れたほうが、いいですか?」

「…あぁ。」

「……一つだけ、聞いてもいいですか?他の兄弟の方って、」

「…玄弥だけだ。もういいだろ。名前には関係ねぇ話だ。」








ぽんぽん、とあやす様に軽く背を叩かれる。
言葉と裏腹に優しいその手つきにまたじわりと目が熱くなる。
きっとわたしに申し訳ないなんて思っているんだろう。
取り乱してしまった自分を戒めて、今は彼以上に泣いてしまったわたしを落ち着かせようとしてくれている。
そうやって閉じ込めて。押し込めて。
ひとりでなにもかも背負って生きてきたのだろう。
そういう人だ、この人は。






「…もう泣くな。」

「忘れます、忘れますから最後にひとつだけ、」

「おいさっきもひとつだけって、」







忘れることを望むならその通りにしよう。
忘れることで側にいられるなら、いくらでも。
知りたいなんて、話してほしいなんて、全部全部全部もう一度蓋をするから。
だから、少し背負わせてほしい。
実弥さんはひとりで歩いているつもりなのかもしれないけれど、その側でわたしも背負って歩かせてほしい。





抱きしめていた腕を緩める。
目の前には隊服から覗く交差する大きな傷。
その傷に触れて、そのまま唇を落とした。
少ししょっぱくて涙の味がした。

傷を分けてほしいなんて思うわたしを彼は笑うだろうか。





「……、なにしてんだァ。」

「実弥さんも忘れてください。今の。お互いに今日あったことは忘れましょう。」

「………。」

「帰りましょう!わたしお腹ぺこぺこです。」




顔を上げて精一杯笑ってみせる。できるだけいつも通りに。
笑えているかどうかは定かではないけど。




「……………きたねぇなァ。」



ぐい、と服の袖で鼻元を拭われる。
どうやら鼻水が出ていたらしい。どうりで呼吸がしづらいはずだ。
あ、もしかしたら実弥さんの胸にも鼻水が。なんて言ったら心底嫌そうな顔をしていた。
まぁ格好がつかないとはこのこと。
照れを隠すようにへへと笑ってみせると、少し眉を下げて笑い返してくれた。














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まだ、縋り付かせて。










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