「ほらほら〜おいで〜ねこちゃーん。」

「……おい置いてくぞ。」

「あ、もしかしてねこくんだった?ごめんねほら、ねこくんおいで〜……、ちょ!先に行かないでくださいよ!!」




実弥さん!と既にわたしを置いて、スタスタ先を歩く背中に声を掛けるけど止まる気配はない。
目の前にこんな可愛いねこくんいるのになんで立ち止まらないんだ。見てよこの柄、なんて愛くるしいんだ。
にゃあ、と小さく鳴きながらわたしの手に擦り寄るねこくんを二、三度軽く撫で、泣く泣くサヨウナラ。遠のいている背中を追いかけた。
あ、そろそろ陽が沈みそう。




「ちんたらすんな。さっさ歩け。」

「いや普通立ち止まっちゃいますって。あーーーーんなにかわいいのに。自分に寄ってこないからって…。そーんな眉間に皺寄せてるから近寄ってこないんですよ。」

「そろそろこの減らず口縫い付けてやろうかァ?」



実弥さんに追いついたと思えば、伸びてきた手にぎゅうと頬を鷲掴みされて左右に揺らされる。
ほへんなはい、と辿々しい口調で謝ると、チッと盛大に舌打ちしながらその手を離してくれた。





















昨日の夜、カラさんから任務の伝令があった。
特にこれといって気になる内容でもなく、ただ鬼が出た、明日早朝から『東京都京橋區』に迎え、と。

はーいなんて適当に返事をしながら呑気に寝る支度をしていると、伝令を聞いていた実弥さんは神妙な顔をして俺も行くと言うのだ。

わたし一人で大丈夫だと言っても聞く耳を持たずに、そのままさっさと寝てしまった。
なんだなんだ、と考えるが睡魔に負けてわたしもすぐに眠りについた。
結局どうして実弥さんがついてきているのか分からないまま。わたし一人で心配だったとか?いや今更すぎるか…。




まぁとりあえず気にしないことにして、どこか早足の実弥さんに置いていかれないよう足を進めた。

















_____________________________________________



















カラさんに言われる通り足を進めると、一つの村に着いた。
陽は沈みしんと静まり返るその村はどこか不気味に感じる。

ザッザッ、と村の中へ進む実弥さんの後をついて行く。あたりを見渡すとこじんまりとはしているが、立派な店が建ち並んでいる。今でこそ明かりは消え、人の気配こそ感じさせないが、日中は活気があるんだろう。









「…どこにいるんですかねぇ。」

「………。」

「あーー、なんだかお腹空いちゃいましたね。」

「………。」



あれ、となんの反応もない実弥さんが気になり、実弥さん、と改めて声をかけるが一向にこちらを見ない。それどころか聞こえてないようで。
半歩先を歩く実弥さんは足を止めることなく、まるでどこか目的地に向かって歩いているみたいだった。

















《〜〜〜〜〜……!》













その瞬間、耳に届いたのは本当に小さな小さな声だった。
だけど確実に誰かの叫びで。
女性のか細く声にならない、掠れた声。




実弥さんも聞こえていたようで、先ほどまでのぼうとした様子は消え去り、村の外れへと一目散に走り出した。それにわたしも続く。




たしか、こっちから聞こえたはず、
























村の外れの暗闇で、それはいた。
赤に染まった地面の中、背中を向けて。
くちゃくちゃと下品な音を立て、肩を前後させる姿に、ああ間に合わなかったのだと察する。








「えーーーっと、お食事中すいません。」






びくりっと大きく肩を動かしこちらを振り向く。
口周りに汚らしく赤をつけ、目を見開いているのは小柄な女の鬼だった。余程驚いているのか、わたしたちと距離を取ることすらしない。とっくに間合いに入っているのに。





鞘から刀を抜くとそこでわたしたちが鬼狩りだと気づいたのだろう、斬られまいと威嚇するかのように立ち上がった。



スゥと呼吸を整え、構える。

そして一歩踏み込んだ瞬間、ガッと徐に腕を掴まれた。





「え、実弥さ、」




掴んだのは、紛れもなく隣にいた実弥さんだった。
反射的に彼を見るけど、暗くて表情がよく分からない。
突然のことでなにが起きているのか頭が回らない、ただ彼の手が小さく震えていることだけ分かって。
ぎゅうと力強くなるその手はどうしてこんなに心細いんだろう。








そうしている間にも鬼はこちらにじわりじわりと近づいてきている。それなのに離してくれないこの手。このままじゃ非常にまずい。







「……実弥さん実弥さん、」

「………。」

「大丈夫です、わたしが付いてます。」






そう言ってわたしの腕を掴むその傷だらけの手に、ぎゅうっと手を重ねた。



なにに対して震えているのか。
怒りか、戸惑いか、恐怖か、はたまた違うなにかなのかわたしには分からない。
ただ、目の前にいるこの人の手を、今握らなくてはいけない気がした。











ふっと緩んだ手。
その瞬間、自由になった腕を振り、襲いかかってきた鬼の頸を斬る。
パラパラと砕け散る鬼の体を、実弥さんはじいっと見ていた。
わたしはその手を握ったまま、離さなかった。























_____________________________________________


















「…………帰るかァ。」




どのくらい時間が経っただろう。

地面に広がっていた血がすでに乾ききっている。
今この光景を誰かが見たらわたしたちが殺したと思われるだろうな。そのくらい鬼がいた形跡、気配を感じさせないほどの時間が経った気がする。






「お腹、空きましたね。」

「食って帰るか。」

「いやどこも店空いてないですよ、ほらまだ真っ暗。」






辺りは暗闇に包まれている。
まだまだ夜明けまでかなり時間があるだろう。

顔がよく見えないくらい真っ暗で、手を握っていないとお互いの存在すら曖昧なものになりそうだった。
握る手にぎゅっと力を込める。








そのまま踵を返し歩き出した実弥さんに手を引かれながら、歩いてきた道を戻る。
足取りはゆっくりで、歩幅もわたしに合わせながら、踏み締めるように歩く。




















「……昔お袋と兄弟と住んでてな。」

「え、ここに?」

「寿美、貞子、弘、こと、就也、玄弥、」

「ええっ、大家族なんですね。」




家が立ち並ぶ場所まで戻ってきたとき、実弥さんはぽつりぽつりと話し始めた。

この京橋區は実弥さんの故郷だったらしい。
初めてその口から聞く彼のこと、玄弥くんの名前に少し頬が緩む。
だけど過去を懐かしむには重たいその声に違和感を覚える。







「大家族、か。」

「えっと、いち、に………、わ、七人兄弟になるんですよね。すっごい楽しそうですね。」

「………だなァ。」

「はい。実弥さんが長男ですか?あ、わたし想像できます。実弥さんがお兄ちゃんって呼ばれているの。」

「………。」





実弥さんが兄弟に囲まれている姿は容易に想像できた。
なるほど、妙に面倒見がいいのはそのおかげか。
少なからず兄弟はいるだろうと思ってはいたが、なるほど。
そうでないと得体の知れないわたしなんかを継子にしない。










「わ、」











唐突に後ろから引かれる手に気づき振り返ると、彼は立ち止まっていた。妙に熱の籠った手からどくんどくんと心臓の音が聞こえた気がしたが、これは一体どちらの音か。
顔は、よく見えない。だけどこちらを見ているのは確かだった。







「どうしたんですか?」

「………名前、ちょっとこっち来い。」

「え、わたし変なこと言いました?さ、先に謝っておきます、ごめんなさ、」



ぐっと手を引っ張られたかと思うと、そのままわたしは実弥さんの腕の中に収まった。
ぎゅうと腰に回された手はわたしを締め付ける。

急に何事かと慌てるわたしを停止させるかのように強く抱き締めるその腕は、硬くて解けそうにない。



「動くな。」

わたしの首元に埋めているその口元は喋ると吐息がかかって、むず痒い。












「………急に、どうしたんですか。」

「…………………似てた。」

「え?」

「……………お袋に。」

「………それは、今日の鬼にですか?」





彼はなにも言わない。
だけど抱き締める力がさらに強くなった。それは肯定の意味だろう。応えるようにわたしも背中に手を回す。
そうか。あのときにわたしの手を掴んだのは、いつもは狼狽えない彼の息が上がっていたのは、女の鬼の風貌が母を連想させたのか。
故郷ということもあってどこかで頭の中で家族を懐かしんでいたのだろう。
そう思うと、この腕の中にいるこの人も、ただひとりの人間なんだと、家族を想うなんの変哲もないひとりの人間なんだと、とても、愛おしく思った。






















「久しぶりに帰ってきたからってお母さんと鬼を間違うなんて、怒られちゃいますよ。」

「………、」

「あ、明日会いにいきますか?わたしは全然、」

「ちげぇ、」

「え?」

「もう死んでる。殺した。俺が。」


鬼になったお袋を。

















痛いくらいに抱き締められたその腕は、その手は、今までに抱えきれないほどの鬼を斬ってきたけれど、その反対に大切なものを逃してしまっていて。
わたしが抱きしめるその背中は、今まで抱えきれないほどの後悔を背負ってきていて。



なにも言えなかった。なにも知らなかった。
なんて、無知で無力で、わたしは、

言いようもない感情のまま精一杯抱き締める力を強めた。
今にも崩れ落ちそうな体を支えるように。

































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