死って突然訪れるもので。
それはいつもわたし達の側にいて。
ましてやこの世の中だ。受け入れなくちゃいけないもの、なんだろうけど。






「え、煉獄さんが、」





その日はとても快晴だった。
少し寝過ぎたくらいで、それ以外は特になにも変わりない一日のはじまり。目覚めもよかった。欠伸を吐きながら伸びをしているときに、カラさんからの一報を受けた。それはなんの前触れもない、不幸を知らせる声。



思わずぼうとしてしまった。
そうか。この瞬間ってこんな風にやってくるものなんだ。もっと、劇的なものかと思っていた。
悲しみだとか怒りだとか諸々の感情はなくて、ただただ死って呆気ないものだな、と。なんて人間は脆いんだろう。










実弥さんも聞いたんだろうか。
今どうしているだろうか、と少し気になって着替えもせずに部屋を出る。とっくに横の布団は畳まれていた。任務に行っているかも、と思いつつ屋敷内を歩き回る。










「……あ、いた。」




庭で稽古をしていたのだろう、そこに探していた姿はあった。顔は見えない。ただ後ろ姿が、隊服の殺という文字が、少し荒々しい気がした。
容赦なく振るう刀が光に照らされて、綺麗だなぁ、なんて思った。





不意にこちらに向けられる顔に、反射的に柱の影に隠れる。心臓が大きく跳ねている。気付かれただろうか、ふぅと息を整えてもう一度影から覗くとこちらを気にする様子もなく刀を振っていた。
安堵とどこか寂しい気持ちを覚えながらその場所を去った。
















兄弟がいることを知ってから、ろくに会話をすることなく時間だけが過ぎた。
朝起きても隣にはいないし、夜寝るときも姿なんて見せないまま。任務だなんだで別々のことをしていたら、お互いにすれ違いの日々がただ過ぎるだけだった。
実弥さんの兄弟の話はわたしを避ける程のものだったらしい。本当地雷っていつ踏むか分からないから難しい。














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煉獄さんの訃報を聞かされた今日。始まりこそはいつもと違ったけど、他はなんともない一日だった。

陽が落ちていつもだったら睡魔に襲われる時間。今日は全くと言っていいほど眠たくない。布団に入り、姿なんてない畳まれたもう一つの布団を眺めながら、ひたすら眠気がくるのを待つ。
あ、これ眠れないやつだわ。実弥さんが来るまでには寝たいのに。狸寝入りなんてしたくない。
ぎゅうと目を強く瞑ってもぐるぐると暗闇が回るだけ。ああ、もう、




そのときガラ、と控えめに戸が開く音がした。咄嗟に布団で顔を覆う。全神経を耳に集中させるとタッタッとこちらに向かう足音が聞こえた。そしてそのまま隣で布団を敷いているよう。
実弥さんだ。どうしよう、布団の中が妙に暑くて息苦しい。体勢も変えたい、動きたい、けど体が動かない。
悶々と考えても仕方ない。兎に角寝ていることをアピールしよう。そしたら実弥さんもすぐ寝るだろう。





「……グーーーーー、」



どうしよう。このくらいだろうかといびきをかいてみたら思った以上に大きかった。ドワッと変な汗が噴き出る。暑い暑い暑い。







「…………まだ起きてんのかァ。」

「……………グーーー、グーーー、」

「おいそのクソ下手くそな狸寝入りやめろ。」

「グーーー、グーーー、グーーー、」

「…言っとくがいつもはその倍以上うるせぇからな。」

「………そ、それは本当ですか。」





結局すぐにばれてしまった。寝たふりを続けることもできずに、そろりと布団から顔を出す。あ、涼しい。
となりで横になっている実弥さんのシルエットが見える。だんだん目が慣れてくるとこちらに向けられている大きな背中もよく見えるようになった。っていうか普通に話しかけてきたけど、避けてたんじゃなかったのか。


実弥さんはそれから特になにも言わずに沈黙が走る。びゅう、と外から風の音がよく聞こえる。日中はあんなにも天気がよかったのに。今になってお天道様は煉獄さんの死を知ったのだろうか。










「寝れねぇか。」

「…はい。」

「目瞑って好きなもんでも思い浮かべてろ、そうすりゃさっさと寝れんだろォ。」

「そんな簡単に寝れるなら苦労しませんよ…。」

「いつも寝てんだろーが。」

「まぁ、そうなんですけど…。」





背中越しに聞こえる声だけでは彼が今どんな顔しているのか分からない。
こっち、向いてくれないかなぁ。
すでに瞳孔が開いている目でじぃと布団から覗く鈍色の髪の毛を見つめる。こっち向け〜こっち向け〜、念をいくら送っても微動だにしない様子に寂しさを覚える。寝てしまったのだろうか。









「……実弥さん、」

「………。」

「寝ちゃいましたか?」

「………。」



ガタリと揺れる戸。
実弥さんに代わって、風がわたしに応えてくれてるんだろうか。それとも早く逝ってしまったあの人か。ああ駄目だ、さっきから変に感傷的になってしまってる。
寂しいなとか、起きてくれないかなとか、寒いとか、顔が見たいとか、ふと思い出す煉獄さんの顔とか。夜になるとなぜ人は雑念ばかり生むんだろう。






「………実弥さん、わたし今日ごく普通に一日を過ごしたんです。朝起きてご飯食べて、朝食べたお魚が美味しくて幸せ感じたりして。…だけどやっぱりふとしたときに思うんです。煉獄さんはもういないんだなぁって。あーってなるんです。」



言葉では言い表せない、死という漠然とした身近なもの。抗う術なんてない。ただ受け入れるだけ。
だけど、もしも、この人がいなくなったら、




「………実弥さんは、いなくならないでください。死なないでください。柱とか継子とか、そんなの置いといて、ずっとそばに、」














突然だった。
ばさり、と目の前の布団が動いたかと思えば、人一人分空いた距離を埋めるかのように手を伸ばされる。
その手はわたしの布団の中に入り込み、掴まれた右腕はぐいっと力任せに引っ張られた。
わ、と驚いているのも束の間そのまま脇腹に手を入れられ、簡単に実弥さんの布団の中へと引き摺り込まれた。
目の前の少しはだけた胸板から距離を置こうとするも、脇腹から腰にかけて伸ばされている手がそれを許さない。





「お、起きてたんですか。」

「黙っとけ。」







ぎゅう、と抱き締められる力が強くなる。
髪の毛に感じる呼吸と胸からは心地いい心拍音。一人では得られないこの温かさ。

ゆっくりと背中に手を回してみると次第に抱き締める力は弱まった。
もしかしたら実弥さんも寝付けなかったのかもしれない。
善良な人が亡くなっていく、この不条理な世界に立ち向かうには今夜は一人じゃ心細い。
それくらい煉獄さんの死には意味があるものだったんだろう。


顔が見たいなぁと顔を上げて見ると、実弥さんの瞳は揺れていた。いやわたしの目がぼやけているのか。どちらにせよ実弥さんはなにかを察したらしく、わたしの背中を優しくぽんぽんと寝かし付けるように叩いた。





「大丈夫だ。安心して寝ろ。」








ねぇ実弥さん。
わたしべつに煉獄さんの死を引き摺っているわけじゃないんです。
ただ思うのはあなたじゃなくて良かった、って。
酷い人間だと自分でも思うけど、だけど、願うのは実弥さんがいる世界なんです。そしてそこにわたしが生きられるならどんなに幸せなんだろうって。














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