「え、もう次の任務に行くんですか?」

「炎柱の煉獄さんとの共同任務なんだ。今日中にはここを出るよ。」

「へー煉獄さんと。それなら心強いですね。」



気を引き締めて頑張らないと、と意気込んでいる炭治郎さんはここ最近で少し逞しくなったように思う。話を聞くところによると全集中常中を会得したらしい。道理でそう見えるわけだ。










あれから蝶屋敷には何度か訪ねている。
炭治郎さんは禰豆子さんのことだったりなんで鬼殺隊に入隊したのかだったり、色んなことを話してくれた。あの日あのままだったらどこかで蟠りを気にしていただろう。仲良くなれてよかった。


それに柱合会議での実弥さんも実弥さんだ。
しのぶさんから聞いたときはあーあの人ならしそうだな、くらいに思っていたけど、あの超絶ベリーキュートな禰豆子さんを刺すなんて。そりゃあ炭治郎さんも怒り狂うはずだ。
あの人頭に血が昇りやすいからなぁ、初対面でそれじゃあ炭治郎さんが怒るのも仕方ないというものだ。







「じゃあわたしはそろそろ帰ります。見送りたい気持ちは山々なんですけど、実弥さんにそろそろここに来ていることバレそうで。」

「そうか…、次いつ会えるか分からないけどそれまで元気でな。怪我には気をつけるんだぞ。」

「それはこっちの台詞ですよ。」




じゃあ、と手を振ると炭治郎さんは全力で手を振り返してくれた。その手はわたしの姿が見えなくなるまで振られていた。







_______________________________________________________
















蝶屋敷を出ると外は太陽の陽射しが照らされていて、思わず眩しくて顔を顰める。天気良いなぁ、炭治郎さんたち絶好の出発日和じゃないか。よかったよかった。
なんて思いつつ恐らく待っているだろう師範の顔を思いながら帰路につこうとする、と、蝶屋敷の塀に手をついて蹲っている人を見つけた。
息苦しいのか上下する肩は大袈裟なほど早く動いていて、見るからに苦しそうだった。
早足に近くに駆け寄るも、こちらに気付く様子はない。それによく見たら隊服を着ている。しのぶさんに診てもらったほうがいいんじゃないか。






「………あの、鬼殺隊の方ですよね?大丈夫ですか?よかったらしのぶさん呼びますよ。」



声をかけながら上下する肩にそっと手を置くと、その瞬間ビクッと大きく揺れた体とこちらに向けられる目。その顔には頬から鼻にかけて大きな傷があって、思わず頭の中で彼の顔が過る。他人の空似、とかいうやつだろうか。
それに余程驚かせてしまったんだろう、パシンと振り払われてしまった手が行き場なく宙を舞った。手がじんじんと痛む。





「………放っておいてくれ。」

「でも、すごい顔色悪いですよ?なにか飲み物でも、」



とわたしの言葉を無視するように立ち上がったその人は、大きな体をきつそうに動かしながら歩き出した。その額には尋常じゃないくらいの汗が滲んでいるし、呼吸もまだ荒い。そんな状態の人を放っておけるほどわたしは非情な人間ではない、つもり。
それに、やっぱり、彼に似ている気がして、放っとけない。






「そんな状態でどこに行くんですか。一度落ち着くまで安静にしたほうがいいですよ。」

「……おい放っとけっつってんだろ。」






袖をくっと引っ張るもまた簡単に払われてしまう。なんて頑固な人なんだ。気が気じゃなくて後ろをついて行く。肩貸しましょうか、と声を掛けるとそれこそ嫌だったらしい、凄い形相をされた。















ゆっくりではあるが暫く歩いていると、落ち着いてきたのか歩くペースが段々速くなった。よかった、もう大丈夫そう。だけどなんだかんだ言って随分遠くまでついて来てしまった。ここまで来ると逆にどこで引き返せばいいか分からない。





「…あのーじゃあわたしはこの辺で。」

「な、お前まだいたのか!?」

「え、ずっと後ろ歩いてたんですけど。」

「あーー…、もう大丈夫だから。」



なんとこの人はわたしが背後にいたことを気付いていなかったらしい。なんて疎い人なんだ。
大きな体をまたびくりと揺らし振り向く。こちらを見る目は、先ほどとは打って変わってしっかりとわたしを捉えていた。




「なにが原因か分かりませんがお大事にしてくださいね。」

「あ、ああ…、」

「あ、わたし苗字名前って言います。またいつか元気なときに会いましょうね。」



そう言って来た道を辿って帰ろうと足を進める、と後ろから小さく有難うと聞こえた気がした。
きっと、不器用な人なんだろう。
あ、そういえば、





「あなたの名前聞いてませんでした!なんて言うんですかー!?」


振り向いてみるともうかなり離れてしまっている背中。その数十メートル分の距離を埋めるように大きな声を出して尋ねると、立ち止まってこちらを振り向く。驚いたようなでも少し笑っているかのような、そんな顔をしているように見えた。








「…ーーーーー。」

「え、」







正直、正確には聞き取れなかった。
聞き取れなかった、けれど耳にさらりと入ってきた言葉は確かにしなずがわげんやで。
聞き覚えがありすぎる苗字。それに顔を見たときに感じた絶対的な既視感、ああ待って絶対にそうじゃん。知らなかった。知っても、よかったのだろうか。少し踏み込んだところまで深いところまで知ってしまったんじゃないだろうか。知りたくないわけじゃない、だけど、あーーーグルグル。


思わぬ形で彼の兄弟に出会ってしまった。
このことを彼に知らせるべきか、どうなのか。
でも、今までわたしに言わなかったということは知られたくないこと、だと思うから。そう簡単には判断できないや。






既に見えなくなったげんやくんの背中を、わたしはぼうと見ながら暫く頭を悩ませた。


















__________________________________________________









結局屋敷に戻ったのは陽が沈む前の夕暮れどきだった。温かいはずの橙色の空が今はどこか素直に受け入れられない。肺の空気を吐き出して足を進める。会いたくないなぁ、なんとなく。
出来るだけ気配を消しながら自室へと向かう、だけどわたしの願いは叶わずにばったりと目の前に現れる彼こと実弥さん。神様の悪戯ってやつか、いや意地悪だ。
わたしの姿を視界に捕らえると、少々苛ついた様子でドカドカと大きな歩幅で距離を詰める。




「おい今帰りかァ?稽古サボってなにしてやがった?」

「……や、やっほー。」

「ふざけてんのか?」



ひらりと手を振って惚けてみる、けど実弥さんの機嫌はすこぶる悪そう。ほらほら怖い顔してる。
目の前まで立たれ見下ろされるとより一層迫力が増す。はは、と戯けてみせるけどやっぱり効果はないみたいで。







「俺の質問に答えろ。どこでなにしてやがったァ。」

「えーと、たまにはわたしにも一人でぶらぶらしたくなるというか、」

「……おい手ェどうした。」

「へ、」


ふとそう言われて宙を彷徨っていた自分の掌を見る。別にどうもなってない。裏を返すと右手の手の甲が赤く腫れていた。あれなんでこんなに赤くなっているんだろう。と、今日あったことを思い返す。あ、あのときかも。唯一の心当たりは昼間手を叩かれるように振り払われたときに感じた手の痛み。




「………あーーーー、のですね。あれです。そう、転けたんです。」

「つくならもっとマシな嘘つけ。」




右手首をぐいっと掴まれると、その手を怪訝そうに見る実弥さん。我ながら酷い嘘をついてしまったとひやひやしながら実弥さんの顔をちらりと覗く、あれそんなに怒ってない。








「でなんでこうなった。」

「えっとー……………、」

「…………だんまりか。」

「そういうわけじゃ、」

「はっ、お前もなに考えてんのか分かんねぇな。」









それは初めて見る自傷的な笑みで、掴んでいた手がそっと離れる。あ、と潜在的にこの手を離しちゃ駄目だと気付いた。この数年一緒の時間を過ごしてきたつもりだけど、こんなに、


と頭で考えるよりも先に反射的に手が実弥さんの離れていった手を捕らえた。






「実弥さんだって、分からないですよ、」

「手ェ離せ。」

「分からないし知らないし理解できないことだらけなんです、この前からずっと、」

「おい聞いてんのか。」

「今日だって、実弥さんに兄弟がいるなんて知らなかったし、」






口が滑ってしまった、とはっとしてももうわたしの言葉は彼に届いてしまっていた。目を丸くしているこの表情を見る限りやっぱり伝えるべきではなかったらしい。どうしよう、反応が怖い。




しばらくの間静かな時間が流れた。いやもしかしたら10秒程度の間かもしれない。だけど長く感じてしまうほど、この数十秒は息が詰まりそうで。








「………名前、離せ。」

「いやです。」

「いやじゃねぇんだよ。てめぇがいてぇだろーが。」




ふわりと包み込まれるようにして重ねられた手が温かい。自分が思うより強く実弥さんの手を掴んでいたことに気づいて力を緩める。だけど包まれた手は離れることはなくただただ優しかった。





「さっさ冷やさねぇと腫れんだろーが。」




わたしの手をじっと見る長い睫毛は頬に影をつくりそうなくらい。
そんなこと気にしなくていいのに、
寧ろ今は違うでしょ。本当にむしゃくしゃしているのは実弥さんじゃないの。なんで何も言わないの。なんでも話してほしい。寂しい。
よくわからない感情がぐるぐる渦を巻く。







そのとき見た顔は今まで見たことないくらい優しくて、息ができないくらいに切なかった。























back

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -