なんてことない、いつもの朝。
まだ眠気が抜けきっていない体を無理矢理起こして立ち上がる。ふわぁと口を大きく開けて欠伸をすると、生理的に出る涙がポロリと溢れる。

ちらりと横を見ると、すでに姿はなく綺麗に三つ折りにされた布団だけが隅にぽつんと置かれていた。いつもいつもいつも、先に畳まれている布団は彼がいた形跡なんてなくて、本当に同じ空間で同じ時間に寝ているのだろうかとふと思う。





部屋を出て軽く支度を終えてから稽古に向かおうとすると、どこからかやってきたカラさんがわたしの頭の上にバサッと止まった。




「お、カラさんおはよ〜〜。あと地味にその爪痛いなぁ。」

「胡蝶シノブカラ伝言!胡蝶シノブカラ伝言!」

「しのぶさんから?」

「"今日屋敷デ待ッテマス"」

「え?それだけ?」

「"不死川サンニハ内緒デ"」

「えええええ?なんで?」



知らない、というカラさんの伝言は、伝言というにはあまりにも簡略的で無鉄砲なものだった。
特に、不死川さんには内緒で、っていうのはやっぱりあれだろうか。柱合会議のことと関係がある、とか。

ベロベロで帰ってきたあの日から実弥さんは少しおかしい。
猛烈に苛立っているときもあるし、なにかを考えるようにぼーっとしているときが多い、ような気がする。わたしの前だと普通を装っているつもりっぽいけど、全く隠せてない。そしてあの日なにがあったのか触れようとしても、やんわりとその話題を避けているのが分かるから余計に聞けない状態がここ最近続いている。

そうなったら余計に気になるのは人の性というもので。

すぐに踵を返し自室へ戻ると、蝶屋敷に行くために軽く準備をして、すぐに屋敷を出た。
勿論、実弥さんにはバレないように忍び足で。








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「おっじゃましまーす。」

「あ、名前さん!今日はどうしたんですか?」

蝶屋敷の門を抜ける、と丁度掃除をしていたのか働いている女の子たちが出迎えてくれた。しのぶさんに会いにきました、とだけ伝えると快く案内してくれた。









此方ですと言われ入った部屋には、しのぶさん、の姿はなく知らない顔の男の子たちが三人、中央に固まって座っていた。
探し人の姿がなく案内してくれた女の子は焦っていたが、まぁ同じ屋敷内にいるわけだしすぐに会えるだろう。ありがとうございますと伝えると、いえいえと申し訳なさそうに仕事に戻って行った。





ふと開けた部屋に目線を戻すと、三人の視線は此方に痛いほど向けられていた。いや待ってさっきは気付かなかったけど一人は猪だった。二人と一匹の視線だ。まだまだ世の中知らないことばっか。




「あ、こんにちは、わたしのことは気にしないでください。」



そう言って邪魔にならないよう、部屋に入ったすぐのところに腰を下ろす。今日はおやつがてらお煎餅を持ってきていてよかった。懐からお煎餅を出して一口齧ると、パリっと心地よい音色を奏でる。思わず目蓋を閉じて口の中に広がる幸せを全身で堪能してしまう。最高だなぁ、






「うまそうな匂いがする。」

「へ、」

「俺にもくれ。」




いきなりの気配と声に驚いて目を開けると、目の前には猪の頭。状況が整理できずに反応できないままでいると、パッとわたしの手から食べかけのお煎餅が姿を消した。

え、と固まっている内にそのお煎餅は目の前の猪、が上にズレて下から少し見える口の中に丸々放り込まれた。
あ、ちゃんと人間だったんだ、なんて今のわたしにはどうでもいい。
わたしの、わたしのお煎餅、





「ああああああ!!!!!!なんで食べてるんですか!!!!!!!」

「ああ?いいじゃねぇか。一つや二つ。」

「よくないですよ!今日一つしか持ってきていないのに!大事に食べようと思ってたのに!」





有り得ない有り得ない有り得ない。
思わず怒りのままに立ち上がり猪人間に声を上げる、がそれでも飄々としている姿に更に苛立つ。



「何をやってるんだ伊之助!勝手に人のものを取っちゃ駄目だろう!」


すると一緒にいた男の子の一人が猪頭に叱るようにして、こちらにズンズン近づいてきた。
伊之助と呼ばれた猪頭はその姿に圧倒されたのか、おお…と言いながら後退りしている。



「ほら!この子に謝るんだ!」

「は、はぁ!?なんで俺が…、」

「悪いことをしたときはちゃんと謝らなきゃ駄目だろ?ほら、早く。」

「……ご、ごめん、なさい。」




猪頭はこの耳飾りをした男の子に弱いのか、少し納得していない風ではあったが、それでも渋々とわたしに向かって頭を下げる。
ぶっちゃけお煎餅を取られた恨みはまだまだ晴れなかったが、このような形で謝罪をされたのであっては許さないなんて言えない。わたしも渋々ながら、いいですよ、と言うしかなかった。きっとすごく不服そうな顔をしていたに違いない。




「伊之助も悪気があったわけじゃないんだ。ごめんね。」

「いえいえこちらこそすいませんでした。大きい声出してしまって。」

「ね、ねぇねぇ君なんて名前なの?どうしてここに?」

「ちょ、そ、その前にあなたは距離が近すぎません?」


三人いた内の最後の一人、黄色頭の男の子はぬるっとわたしの手を取り、ギュウと握り締められる。何この人、距離感おかしくない?鼻息がかさりそうなほど顔が近いんだけど。いやもうすでにかかってるなこれ。




「照れてるんだね!?どうしよう!かわいい!」

「あの話が通じないんですけど。」

「善逸、困ってるじゃないか。」




耳飾りの男の子に襟を掴まれ、ズルズルと引きずられるようにして離れる距離。最後まで握られた手が空いた距離によって離れると、黄色頭さんはああ…、と嘆いていた。猪頭といい黄色頭といい、個性的過ぎやしないか。

















「改めて、俺は竈門炭治郎。階級は癸。よろしく。」

それと黄色頭が我妻善逸、猪頭が嘴平伊之助だと教えてくれた耳飾りの男の子もとい炭治郎さんは、わたしに手を向ける。見たところ同じくらいの年齢だというのに、炭治郎さんのその手の平はぼろぼろだった。




「わたしは風柱継子の苗字名前です。よろしくお願いします。」


わたしはその手を取り握手を交わすと、炭治郎さんの後ろで正座させられていた善逸さんが煩いくらいに叫んでいた。





「継子?っていうことはカナヲと同じなのか?」

「あ、そうですそうです。わたしは実弥さんの、っていっても分かりませんよね。」



これから炭治郎さんたちも柱の人たちと会う機会があるだろう、と実弥さんの外見をザッと思い浮かべる。
えっと、不死川実弥って言って顔に大きな傷があって灰白色のような髪色で目が血走っている人なんですけど、会ったらすぐに分かりますよ。いつか会ったとき仲良くしてあげてください。
と、話すと炭治郎さんの顔が先程までのにこにこ笑顔を思い出せないくらい恐ろしい顔をしていた。




「あの、炭治郎さん、」

「…それって顔のここらへんに傷がある人?」

「そうですけど、」

「………名前、今すぐ連れて行ってくれないか。その風柱のところに。」

「…すっっごい怖い顔してますよ…?」



思わずひっと怖気づいてしまうほどの形相は、例えるなら般若そのもの。善逸さんも伊之助さんもどうしたらいいのか分からないのか、突然の事態に戸惑っている。恐らくこんな風に怒る姿を見たことがないのだろう。実際今日会ったばかりのわたしも凄く戸惑っている。
それくらい炭治郎さんは、優しい雰囲気を纏っていた、のに。





「もしかして、実弥さんに会ったことがあるんですか?」

「会ったもなにも俺の妹が串刺しにされたんだ!許せるわけないだろう!」





実弥さんが炭治郎の妹を刺した?

その言葉を素直に飲み込めるほど、わたしと実弥さんの関係は希薄ではなかった。
あの人は誰彼構わずに人を傷つけたりないことをわたしは分かっている。

だからこそそのとき変に腹が立った。
なにを言っているんだ、と。
あなたになにが分かるんだ、と。




お煎餅のときの怒りなんて豆粒くらいに思えるほどの苛立ちにかーっと顔に熱を帯びるのを感じる。自我を忘れて言い返そうとしたときに、スパンと戸が開いた。









「あら名前さんいらしてたんですね。」

「しのぶさん、」

「少し空気が悪いみたいですが、何かあったんですか?」




入ってきたのはしのぶさんだった。
その姿を見たわたしは喉まで出かかっていた言葉を飲み込む。それはきっと炭次郎さんも同じ。
そしてにこりといつもの笑顔を向けられたことで、どれだけ頭に血が昇っていたのかを気付かされる。
ギャアギャアと怒りのまま声にするなんて、餓鬼くさい自分に嫌気が立つ。
ふぅ、と少し息を吐くと少し頭が冷えた気がした。












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名前さんはこちらに、と言われ連れられた部屋はしのぶさんの自室だった。
そこでわたしは柱合会議でなにがあったのかを聞いた。
元々しのぶさんはその件をわたしが知っていると思っていたらしく、実弥さんの傷の具合や炭治郎さんたちのことについて何か言っていなかったかを聞くために今日呼んだらしい。
もしまた炭治郎さんの妹に危害を加えるのであればお館様も対応を考えるだろう、と。





「名前さんはてっきり聞かされているのかと思っていました。」

「帰ってきた日なにかがあったとは思ったんですけど…、どこか、言いたくなさそうだったので。」

「本当不死川さんはなにを考えているか分かりませんね。………あの大丈夫ですか?」

「え?わたしは元気ピンピンですよ?」

「いえ、なにか思い詰めるような顔をしていたので。」




きっとしのぶさんの大丈夫は、わたしが実弥さんの継子だから少なからずショックを受けていると思ったんだろう。

でもわたしは妙に納得した。
だって鬼に対する実弥さんの思いは人のそれと同じではないことは嫌でも分かる。
それ以上、倍以上ある憎悪より上回るものはないんだろう。例え相手がお館様であったとしても、だ。
炭治郎さんにもその妹にも悪いけれど、簡単には認められないものなんだ。そういうものなんだ。




だけど一つだけ納得いかないのは、柱合会議のことをわたしに話してくれなかったことだった。
話を聞いてわたしが実弥さんを責めるとでも思ったのだろうか、否彼はそんなこと気にしない。
だったらなんで。


彼の考えていることは全部分かっているつもりだけれど、実際その本質の部分には触れていないのかもしれない。









「実弥さんの考えていることは分からないなぁ、とつくづく思っただけですよ。」





炭治郎さんともう一度話さなきゃなぁ、気まずいままなんてそんなの嫌だ。

そして実弥さんには、このことは言わないでおこう。
なんでも話してほしい、なんでも知りたい、なんてそんな痴がましいことを言えるはずない。



  



















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「炭治郎のせいだぞ!名前ちゃんなにも言わなかったけどすっごい怒ってた!会ってくれなくなったらどうするんだよぉ!?」
「でも俺は間違ったことは言ってない。」
「あの顔はさすがにびびったぜ…。」









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