柱合会議がある日、決まって実弥さんは朝早くから屋敷を出て産屋敷家に足を運ぶ。
そして戻られる頃には陽なんてとうに沈み、日付が変わる時間になっている。
それはいつものことで、今回も特に何も思うところはなかった。なかった、はずなんだけれど。










「遅い、遅すぎる。」






現在の時刻は日付をとうに超え、1時になろうとしているところだった。
そろそろ帰ってくるだろうと何度も何度も戸の前で右往左往しているが、その戸が開けられることないまま時間だけが経っていく。睡魔が襲ってきていた0時前と違い、早く帰ってこないだろうかという心配にも似た感情だけが残る。眠気なんてもうない。



実弥さんに限って、そんなことあるはずない。
必ず帰ってくる、いつも通り、と思いつつもやはり心の何処かで、もしかすると、と不安が勝る。

お館様のお屋敷だし他の柱の方もいるわけだし、大丈夫に決まっている。でももし上弦の鬼に遭遇したら、もしそれが鬼舞辻だったら、と悪い方向へと脳が働く。






「なんで、帰ってこないんだろ、」






こんなことならこの間実弥さんが大事にしていたおはぎ食べなきゃよかった。
それに勝手に任務サボって甘露寺さんの屋敷でお茶会パーティーしたこと、本当にごめんなさい。
もうサボりません。勝手におやつ食べません。だからお願いします、と神頼みにも似た願いを心の中で唱える。一体全体誰に祈っているのか。正直馬鹿げていると自分でも分かっていながらも、日頃の行いを懺悔し願わざるを得ない。
ああどうしよう、涙でそう、











すると突然ガラガラガラ、というわたしが待ち侘びた戸を開ける音がしてパッと顔を上げる。
そこにはグッタリと頭を下げている実弥さんと、その肩に手を回した煉獄さんの姿があった。
二人が肩を組んでいる姿を見て安心感が込み上げる反面、そのいつもとは違う姿に若干の不安がよぎる。
もしかして悪い予感が当たってしまったのではないだろうか、と呼吸が止まる。







「え、実弥さん、」




「おお!名前ではないか!遅くなってすまんな!」




そう言うと煉獄さんは覚束ない足取りで一歩一歩と足を進める。ふらふらと進むその姿は鬼と対峙したことによる傷のせい、ではない。
戸が開いたことで外の風がふわりとわたしの鼻を掠める。その風は彼らから漂っているであろうアルコールの匂いがした。
よく見ると煉獄さんの顔は仄かに赤みがかっているし、実弥さんの顔はよく見えないが耳が真っ赤になっていた。待ってこれって、





「も、もしかして酔っ払ってます…?」

「うむ!少しだ!」

「いや二人して千鳥足じゃないですか。しっかりしてくださいよ。」







わたしは一体なにを心配していたのだろうか。
1分前のわたしの涙を返して欲しい、いや泣いてはいないんだけれども。
はぁと安心と諦観のため息を一つ吐き、煉獄さんの肩に手を回す実弥さんのもう片方の腕を取り自身の肩に回した。
ズンと重くなる肩に、ああかなり酔っているんだな、と初めて見る姿に少し驚く。
そしてちらりと顔を覗くと、煉獄さんとは比にならないくらい赤く火照った顔で目を瞑っていて、触れた部分から直接伝わる彼の体温の熱さも初めてだった。








「…これは、かなり酔っ払ってますね。」

「そうだな、………今日は少し色々あった。」




いろいろ?とわたしが反復するが頭上から聞こえる、んんという声に遮られた。
すると担いでいた肩が少し軽くなり、実弥さんの顔を覗くと寝惚けたような顔をして辺りを見回していた。








「…………何処だァ、ここは。」

「なに言ってるんですか、煉獄さんに送ってもらったんですよ。」

「………………あぁ?煉獄ゥ?」





と、煉獄さんの方へと顔を向けるがやはりよく状況が分かっていないらしい実弥さんはボーとしている。これは、かなり重症だな。








「煉獄さんありがとうございます。あとはわたしが運びますから。」

「部屋まで、と思ったが不死川が起きたなら大丈夫そうだな。」





煉獄さんは担いでいた実弥さんの腕を取り、私たちに向き合う形で戸の前に立った。
真っ直ぐ立てないのか、ふらりとする煉獄さんに少し心配になる。





「煉獄さんはお一人で大丈夫ですか?もし良かったらわたし送ります。」

「夜風に当たりながら帰れば酔いも覚めるだろう。ありがとう。」

「いえいえ、でもこんな状態でよく二人帰られましたね…。」

「俺の屋敷に泊まっていけと言ったんだがな。頑なに今日帰ると言って聞かんのだ。」





なにか約束でもしていたのか?と問う煉獄さんに、わたしも首を傾げる。
約束?いや今日は特になにもなかったはずだけど。と記憶を遡っていると、いきなりドッと重くなった肩にバランスを崩す。ていうかもう肩というか体格差が酷くて背中まで体重がかかっているんだけど。





「わ、おもっ、」

「……おい余計なこと言うなよ。」

「え、ちょ、実弥さん!」



ふっと軽くなった肩に疑問を持つ間も無く、わたしから離れた実弥さんはふらふらと屋敷の奥へと足を進めている。今にも倒れそうな実弥さんを追いかけようと思ったけれど、仮にも客人である煉獄さんを放置したままじゃ行けない。更に送ってもらっているのに、だ。
実弥さんと煉獄さんの間をどうするべきかとおろおろしていると、煉獄さんはけたけた笑いながら実弥さんの背中を指差した。





「不死川の介抱は頼んだ。俺はもう帰るとする。」

「すいません、送ってもらったのに。実弥さんにガツンと言っておきますので!」








最後にニコリと笑った煉獄さんは戸を開けると、暗闇の中を一人歩いて行った。先程までの拙い足取りなんかではなく、真っ直ぐと帰路に向かっている姿に少し安心する。
一応背中が見えなくなるまで見送る、そして踵を返し早足で実弥さんの後ろを追った。















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「実弥さーん、そこわたしの布団なんですけど。」




自室に着くなり倒れこむかのように布団に横になった彼は、わたしの布団にうつ伏せになったまま動かない。何度も何度も体を揺する、けれど全くもって反応がない。あーもうなんて面倒くさいんだろう。

実弥さん、と布団に埋もれている彼の顔を覗き込むとゆっくりと開いた目。よかった起きてくれた、と喜びを感じたのも束の間、ガッと後頭部を掴まれたと思いきやそのまま実弥さんに引き寄せられた。
うつ伏せから横向きになった実弥さんの胸にわたしのおでこが触れる。すぐに抜け出そうとするけれど、変わらず後頭部に回された手は力を緩めることを知らない。






「…もう、なにしてるんですか。」

「うるせぇ寝ろ。」

「こんな状態で寝られませんよ……、どうしてそんなに酔っ払ってるんですか?なにか嫌なことでも?」





なんだこの状況は、とため息を一つ溢す。だけど実弥さんがこんなにも酔っ払っている姿は本当に珍しい。鬼はほとんど夜に現れる。この人は鬼の頸を斬るために最善を尽くす人だ、必然的にお酒といった自身の動きが制御できなくなるものを控えているはずなのだ。はず、なのだけど。





「……お前が気にすることじゃねェ。」

「煉獄さんも色々あったって言ってましたし…、今日の柱合会議で喧嘩でもしたんですか?」

「ちょっと黙れ。」

「だって腕、怪我してますよね?さっき包帯を巻いているのが見えました。」




そう、肩を組んだときに服の袖からチラリと見えた腕の包帯。その真っ白な包帯には少し血が滲んでいて、明らかに柱合会議のときに負った傷だと言っているようなものだった。
なにがあったのか分からない、けどこんな風に傷を負うだなんて今までの会議ではなかった。何か問題が起きたと考えるのが妥当だろう。






「心配なんですよ。普段は酔わない実弥さんがベロベロになってるし怪我だってしてるし、」



そう言うと少し拘束が緩んだ実弥さんの手。そのままちらりと彼の顔を見上げると、変わらずに真っ赤ではあるけど目はしっかりとわたしを捉えていて。
後頭部にあった手は頬に移動して、そっと触れる手は優しくてくすぐったい。







「………俺はお前の方が、心配だ。」

「え、わたしですか?」




するりとわたしの頬を撫でる手。それはきっと鬼に付けられた傷をなぞっていて。ああまだこの傷のことを気にしてくれているのか、とつい頬が緩む。
わたし自身もう忘れつつあったのに、というか気にしていないのに。



「……お前も女なんだ、軽々しく傷なんて付けられるなよ。」

「ふふ、べつに困りはしませんよ。」

「あぁ?誰も嫁に貰ってくれねぇぞ。」

「おっとお忘れですか?この間藤の家の男性から求婚されたことを。」





その瞬間、バツが悪そうな顔をして口を閉ざす実弥さん。彼の次の言葉を待っているわたしはじいっと彼の顔を見つめる。相変わらず顔にかかる大きな傷は痛々しいなあ、なんて関係ないことをふと思いながら。





「………………さっさ寝ろ。」

「もう結局スルーですか?わたしだって男性の一人やふたり、」

「あーうるせぇよ、こんなことなら帰ってくるんじゃなかったクソがァ。」




頬にあった手がするりと離れると、実弥さんはわたしに背を向けるようにして寝返りをうった。直接感じた彼の体温も離れていく。
じゃあ煉獄さんの屋敷に泊まればよかったじゃないですか、と彼の背中に口にぶつけようとしたところでふと煉獄さんの言葉が脳裏によぎった。











「俺の屋敷に泊まっていけと言ったんだがな。頑なに今日帰ると言って聞かんのだ。」













ああ成る程、そういうことだったのか。とやっと煉獄さんの言葉が意味することを理解したと同時に、心の中がじわりと温かくなる。

ああ、なんでこの人は、






「…わたしが寝られないと思って、わざわざ帰ってきてくださったんですね。」






どうしてこんなにも優しさが見えづらく、そしてぶっきらぼうなんだろうと。
広い背中に声を発するも、ぴくりとも動かない彼はもう寝ているのだろうか。
いや絶対に聞こえているはず。
だって、いつもわたしが寝たことを確認してから寝ていることを知っているから。

ありがとうございます、と声を掛けても返ってこない言葉。だけれど彼が寝ていた場所からはまだほんのりと温かさは残っていて。
すっと目を閉じるとすぐにでも睡魔に負けそうな瞼の中、最後に映ったのは彼の優しげな眼差しだった。そして薄れゆく意識の中で、願わくばこの命が終わる瞬間もこの瞳に映るのが彼がいい、と。




















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