藤の花の家紋の家に生まれた僕は、幼少期から母に徹底的に料理、掃除、裁縫等を教えられ、更には手負いの鬼狩り様の処置が出来るように医学についても学ばされてきた。

母から教えられる家事のノウハウと、祖母から子守唄のように聞かされる鬼殺隊の話は、正直耳にタコができるほどだった。


外に出て遊びたい、という子供ながらの願いも口に出すことも叶ず、ただ自分の運命に従うしかない僕は、17年間生まれてからずっと鬼狩り様に頭を下げる両親と祖母の背中を見てきた。そしてまた僕も、釣られるかのように頭を下げる。

今日も、有り難い有り難い、とても有り難い鬼狩り様の御成りだ。











「こんばんは〜。わ、皆さんお揃いでお出迎えありがとうございます。」



下げていた頭上から想像していたよりも若い女性の声がした。いや、女性とも言えないような年齢だろうか。
どのようなお方かと頭を上げて確認しようとするが、その女性の姿は丁度母と父に重なり見えない。
横に目線を向けると、妙に目つきの悪く顔に大きな傷がある男性もいた。耳の付け根のあたりから鼻先、頬に伸びるその傷は今までの死闘を表しているのだろう。今まで来られた鬼狩り様より位が高いように感じられた。






「鬼狩り様、お疲れ様でございます。お部屋にご案内致しますのでどうぞ此方へ。」




男性の鬼狩り様が先に式台に足を掛け、次にお邪魔します、と女性の鬼狩り様が続いた。
それにより見えなかった姿が全てばっちりと視界に映る。



その瞬間、まるで息を忘れたかのように僕の呼吸は上手く出来なくなり、その女性一人だけを写した視界には周りの人なんて見えなかった。
綺麗で艶やかな黒い髪から色白い陶器のような肌が見え隠れし、まだ幼さを感じさせる少し膨よかな頬はほんのりとピンクに色付いていた。
そしてなにより吸い込まれそうな大きく丸い目に、僕は目が離せない。








早くご案内して差し上げて、という両親の言葉にハッとすると同時に心臓がドクンドクンと弾み始めた。なんなのだろう、この感覚は。





煩く鳴る心臓をぎゅうと抑えながら、僕は部屋へと案内するために足を進めた。妙にふわふわしている地面を歩いたせいか、しっかり前に進んでいるか心配なところではあったけれど。



















まず傷のある男性の部屋にご案内し、次に女性の部屋にご案内をする。僕が歩く後をトットッと小さな足音が続くのを耳にする度に、ドクドクと心臓が脈を打った。それに加え二人きりになったこともあり、心臓の音が更にベクトルを上げた。この音が女性にも聞こえてるのではないか、と心配になる程に。



「こ、此方です。」




有難うございます、と隣で軽く頭を下げる彼女を改めて見る。嗚呼やはりこの心臓の高鳴りは、と今まで生きてきた17年間の中で初めて感じるこの気持ちの名前はきっと、








「…あ、あの、お名前を、お伺いしてもいいですか…?」

「あ、苗字名前と言います。もう一人のこっわーい顔をしている方が不死川実弥です。紹介が遅くなってしまってすいません。」

「い、いえ!………苗字名前、」



無意識に反復してしまった名前を、何度も何度も頭の中に刻みこむ。苗字名前、苗字名前、苗字名前、





「あの、」

「えっあっはい!も、申し訳ございません。」

「あ、そんな敬語じゃなくてもいいですよ、わたしのほうが絶対年下ですので。」




この可愛らしい風貌に加えて、僕にこのような気遣いをしてくれる性格の良さ。鬼狩り様が今までここまで気を許した言葉を掛けて下さったことがあっただろうか。




「それで、夜ご飯はいつ頃なんですかね…?わたしお腹がぺこっぺこで。」

「あっじゅ準備出来ているので、お着替えになられている間にすぐ準備を…!」

「本当ですか!やったぁ、すぐに着替えます!」




と、くるりとした目を細めて顔をくしゃりとさせて笑う姿に僕はまた目を奪われた。

この気持ちの名前はきっと、一目惚れというもので。生まれて初めての初恋を鬼狩りである名前様にしてしまったのだ。胸が苦しくてたまらない。頭が正常に機能しない。恋やら愛やらそんなものは書物の中だけで行われるお伽話だと思っていたのに、一目見た瞬間に恋に落ちるなんて。








名前様の部屋を後にするも、お食事の準備をしている間も、先程の一挙一動が忘れられない。また顔を合わせて、その大きな目に僕という存在を映してほしい。浮つくその気持ちとは裏腹に、明日になれば鬼を斬るために藤の家を出て、そしてもしかすると一生ここには来ないかもしれないという事実に心臓が押し潰れそうになる。


どうしたらまた一緒に。
どうしたらこれからも一緒に。




















傷がある男性の部屋に2人分の料理を運ぶよう言われ、夕飯を冷めないうちに持って行く。2人目の料理を運び終えたとき、丁度名前様と男性の鬼狩り様が部屋に入られた。




「わ!本当に早い!ありがとうございます!」


入られた瞬間に目の色を変え、満面の笑みで僕が運んだ料理にキラキラとした視線を向ける名前様はとても可愛らしい。思わず退くことを忘れて見惚れていると、ふと目が合う。そして、いただきますと僕に笑顔を向けてくれたときにはもう天にも昇る気持ちになった。やはり今日明日で別れを告げられるほどの気持ちではない、僕は本当にこの人に恋をしてしまったのだ。願わくばこれからもずっと、








「…………あなたと一生を添い遂げたい。」


「へっ」

「あっ」


思わず声に出てしまった自らの言葉にはっとして口を抑える、だがそれも遅い。バッチリと聞こえていたであろう言葉に彼女の顔は呆然をしていた。
やってしまった、と後悔の念が広がるけれどでもここで言わないとこの気持ちは永遠に伝えられないままかもしれない。ある意味やけくそだったのだと思う。




「…名前様のことを初めて見たとき、目を奪われしまいました。ひ、一目惚れです。出会ってすぐに無礼だとは重々承知ですが、あの、」

「えっえっえっ待ってください、えっこれって、」

「………嫁に、来てはくれないでしょうか。」








言ってしまった。

顔が自分のものとは思えない程熱を帯びているし、心臓の音なんて止まりそうなほど速い。
言わずに後悔するくらいなら言って後悔、だとは思ったけれど、なんて非常識で無礼なことを言っているんだろうかとふと客観的に考える。それに出会ってまだ数刻しか経ってない見ず知らずの男に、惚れただのなんだの恐怖を感じるに決まっている。

現に目の前の想い人は、目を泳がせて僕にかける言葉を必死に探しているではないか。








「おい、」


といきなり肩を後ろから大きな手で掴まれたかと思えば、そのままグイっと引っ張られ僕はその力に抗えず軽く尻餅をついた。
パッと後ろを振り向くと傷のある鬼狩り様が僕を見下ろしていた。




「こっちは腹減ってんだァ、さっさと出て行け。」

「え、」

「……二度同じこと言わせんなよ。」




この鬼狩り様は、怒らせたらやばい人だと本能が告げていた。顔にかかる数カ所の傷に僕をギロリと睨みつける血走った目。先程の胸のどきどきとはまた違う心臓の音はとても居心地が悪い。

僕はなにも言えずにその部屋を立ち去ることしかできなかった。部屋を出るときにちらりと名前様の顔を見たが、よく分からない表情をしていた。

















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粗方お食事を終えたであろう頃に、もう一度部屋に行くと2人の姿はなかった。きっと風呂にでも入られているのであろう。少しほっとする気持ちを感じながら片付けをした。

いや、ほっとしてどうする。名前様に会うのは気まずくて避けたいし、傷のある鬼狩り様に会うのはただ怖いから避けたい。だなんて思っていたら、僕の人生で初の告白は一体どうなるのだろうか。
きっとこのまま夜を過ごせば全てはなかったことになり、そしてそのまま一生会うことなく彼女の記憶からは今日の出来事なんてすぐ消えてしまう。
僕の記憶からは死ぬまで消えそうもないのに。





自室にて一人悶々と考えてははぁと溜息が溢れる。
今日の業務は全て終わってあとはもう眠るだけだというのに。このままだと確実に眠れない。
どうしたいかなんて自分でもよく分からないが、ただ彼女の声で断りの言葉を紡いでほしい。そうしたらあの拙い僕の一世一代の告白も報われるような気がするから。



そうと決まれば動き出すのは早かった。
深夜とも言える時間に部屋に行くのはどうかと自制心が働くが、明日の朝はかなり早い時間にこの家を出るはず。今しかない、と覚悟を決めて彼女が眠っているであろう部屋に足を進めた。

部屋の前まで来るとまたもや心臓が早く鳴り出すが、もうここまで来たのだ。意を決して、すいません起きていますか?と襖越しに声を掛ける。名前様、ともう一言声を掛けるけど一向に反応がない。
寝ている、のだろうか。
だとしても妙に静かすぎる気がする。そう言えば全くこの部屋から気配を感じない。

そっと襖に手を掛けゆっくりと開けてみる、とそこには彼女の姿だけでなく用意した布団すらそこにはなかった。
これは一体どういうことかと考えるけれど、この状況を見ると最早彼女の存在そのものが僕の妄想だったのではないかと思えてきた。






彼女の部屋を後にして自室へと足を進めると、小さな声ではあるが話し声が聞こえてくる。行きは聞こえなかった筈、いや気持ちが高揚する余り完全に音をシャットダウンしていたのかもしれない。

その音を頼りに廊下を進むと、あの傷のある鬼狩り様の部屋に着いた。そして中からは何を話しているのか分からないがやはり話し声が聞こえる。
もしかすると、と襖にそろりと片耳を当てた。










「でも生まれて初めてでした、あんな風に言われたことは。」

「良かったじゃねぇか。お前と歳も変わらねぇだろ。」

「そりゃあ嬉しかったですよ、驚きはしましたけど。男性に好意を向けられたことすら初めてですもん。」





それは、名前様と傷のある鬼狩り様の声で間違いなかった。
そして会話の内容は恐らく、いや絶対に僕に対しての言葉であり、嬉しかったという言葉が聞こえてきた瞬間にじわりと目頭が熱くなった。
確実に恐がられていると、思っていたのに。











「ですけど、まだわたしにはそういった色恋のことなんて考えられないんです。」

「そんなこと言ってると一生独り身のまま死んでくぞ。お前みたいなちんちくりんを嫁に貰ってくれるって言ってんだァ、ここらで有り難く、」

「だーかーらわたしはまだ実弥さんといたいんです!実際問題、実弥さんがいないと寝られないわけだし…、」

「…おい大声出すな。」

「だって…、実弥さんがわたしのこと遠ざけるようにして言うんですもん。わたしともう一緒にいたくないですか?邪魔になりましたか?」

「………違ぇよ。」

「……じゃあまだ側に居させてください、お願いします。」











それからの会話はもう聞こえてこなかった。
そして、煩かった僕の心臓も静かに脈を打っていた。
2人は師弟関係だとは思っていたが、成る程。
名前様の心には、この人しかいないし周りなんてものは一切見えていなかった。
初めから僕が入り込む隙なんてなかったのだ。

でも不思議と哀しさを感じることはなかった。
嬉しかった、の一言で単純な僕の心は満たされ、漆黒の夜空に浮かぶ欠けた月を見上げると、まだまだこれからだと言われているような気がした。
そして初めての恋は終わりを迎えたのだった。










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