朝7時。

カラさんによる甲高いモーニングコールで目を覚ました。決して良いとは言えない目覚めと窓から差し込む日差しの熱さに眉を顰める、がこれも今に始まったことではない。この毎朝のルーティンともいえる目覚め方にはそろそろ諦観しなければ。
渋々布団の中にある体を起こし、固まっていた上体を伸ばすと少し気分が良くなった気がした。






最近では時間はかかるが、前のように眠りにつけるようになった。見る夢も饅頭をたらふく食べたり団子を食べたり実弥さんとの地獄稽古だったり……、いや最後はある意味悪夢か。それでもあの忌々しい夢は見なくなった。あの時の毎日のような悪夢は一体なんだったのか、今となっては分からない。







そして、気になることが一つ増えた。








「あ、実弥さん、おはようございます。」



朝飯を取るため廊下に出て歩くと、そこにはいつもの見慣れた背中。駆け寄って後ろからグイっと肘あたりの隊服を引っ張る、と





「おぉ今日もよく眠れたかァ?」





なんてにやっと口角を上げてわたしを見下ろす姿に、思わず眉を顰めてしまう。






おかしい。

おかしすぎる。


普段の実弥さんなら後ろから隊服なんて引っ張ったら、朝から静かにしろだの触るなだの言ってくる筈なのに。
他にもここ最近どういうわけか機嫌がいいというかわたしを揶揄うような、そういう目を向けられているような気がしてならない。




「なんなんですか?その顔。」

「なんでもねぇ。」

「とか言いつつ笑ってるじゃないですか!」

「ほんと、いつまで経っても餓鬼クセェなぁ。」

「はぁぁ?意味が分からないです、どこがですか?どこらへんで餓鬼くさいんですか!」




こんな調子で会話が成り立たないどころか、わたしを以前にも増して餓鬼扱いするのが更に腹立つ。
そして、いつもと違う実弥さんを相手するのは少し調子が狂う。
何があったのか知らないがとっとと早く戻らないだろうか、と近頃は常にそのことばかり考えている気がする。







早く稽古に行くぞ、と急かす実弥さんに一言断りを入れて朝食を取りに向かった。























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「なぁ、今日の夕方から任務で中野の方まで行くことになってるからよォ。」




今日も実弥さんからの一方的な暴力ともいえる稽古を終え、稽古場にてただただ疲労感に打ちひしがれていた。座るわたしを見下ろしながら突拍子もなくそういうのは紛れもなく実弥さんで。
なんでもないこの言葉にわたしは少なからず違和感を覚えた。



「あ、はい。気をつけて行ってきてください。」



普段、実弥さんの任務の有無を伝えられることもあるが、別にそれは会話の流れでさらっと聞く程度。
だから余計にわざわざこうやって伝えられるのに違和感を覚えたんだろうけど、まぁこれはおかしくはないか、うん。





「案外あっさりしてんな。」

「え?今回の任務そんなに手強い鬼なんですか?」

「あぁ?ちげぇよ、お前のほう。一人じゃ寝られませんとか言って引き止めるもんかと、」





一体この人はなにが言いたいのか。きっとすごく素っ頓狂な顔をしていたのだろう。実弥さんも意外そうな顔をして目を開いていたが、わたしだってなにがなにやら分からない。
どういう意味ですか、と尋ねるが呆れたように頭をぐしゃぐしゃと掻きながらはぁと溜息を吐いていた。いやなんで。







「…夜な夜なお前から起こされてこっちは寝不足なのによ、クソが。」






じゃあ今後絶対に起こすな、と続けた実弥さんから出た言葉。
その言葉が耳から入ってくる、けれど理解ができずに思考が一瞬止まった。頭が追いつかない。











ん?

夜な夜な?

起こされてる?









「……………えぇっと、それ、なんの話ですか…?」







全くもって理解できない彼の言葉を頭の中で繰り返し考えてみるも、見覚えのなさすぎるわたしの行動ばかりで。
実弥さんの言葉をそのまま理解しようとすると、わたしが夜に実弥さんの処まで行っているような、まさに夜這いのような行動をしていると言われているわけだ。
勿論、断固としてそれは有り得ないことなんだけれど。




「は?俺の布団で寝てんじゃねぇか。」

「…いやいやそれは有り得ないでしょう。わたしちゃんと自分の部屋で寝てますし。」

「お前なに言ってんだァ?」



そんな、こいつなに言ってんだって顔で見られてもわたしだってこの人なに言ってんだ状態なんですけど。





「…もしかして覚えてねぇのか?」



覚えていない、という言葉が現状一番しっくりくるのかもしれない。本当はそんなことをしていない、と言いたいところではあるんだけれど実際実弥さんがこんな嘘を吐くわけがない。なんもメリットもないわけだし。
縦に首をひとつ振ると、実弥さんは先程よりも大きな溜息を吐きながらわたしの横に腰を下ろした。






「すいません、全く覚えていなくて、」

「…確かに声掛けても全く反応ねぇからおかしいとは思ったけどよォ。」

「だってわたし寝てますもん。」

「知らねぇよ。俺はてっきり前みてぇに寝れないから来てるのかと、」

「……………前みたいに?」

「……まさかそれも覚えてねぇとか言うんじゃねぇぞ。」




まさしくご名答である。
わたしは実弥さんと出会ってからの数年、この人と共に寝た記憶もなければ夜に部屋まで行った記憶もない。本当にどうなっているんだろう、この状況は。
わたしが無言でいるとそれを肯定だと捉えた実弥さんは頭を抱えた。無論わたしだって頭を抱えたい。だけどどうしても覚えがないので羞恥心というより若干恐れを抱きつつあった。勝手に寝てる間に動いてるということはもう制御なんてできないわけで、自制心を持たない自分など恐れを感じずにはいられなかった。





「こ、これはなにか取り憑かれているとかそういったことなんでしょうか…。」

「…いや昔、睡眠状態で勝手に体が動くことがあるって書物で見たことがある。」

「あ、」



わたしも見たことがある。
ここに来て間も無くしてからある程度の教養を身に付けるために、書物を読み漁っていたとき。確かしのぶさんから拝借した本にそういったことが書かれていた。えっと、名前は、





「…睡眠時遊行症。」



睡眠時遊行症、それはいわゆる夢遊病ともいわれる睡眠時障害。
睡眠状態のままで動き回ったりなにかを口にしていたり人それぞれ行動は異なる、だけれど起床後に遊行時の記憶は、ない。
実弥さんがいうわたしの行動とわたしが覚えていないことから、わたしが夢遊病なのは確実だといえた。
原因は遺伝だったり薬の影響だったりと様々ではあるが、わたしには心当たりがひとつある。



それがあの毎日のように魘された悪夢だった。


あの悪夢から逃げるかのようにわたしは自分の意識とは関係ないところで、体が実弥さんを求めていたのだろう。
それが今までこんな形で一種の奇怪な行動に移してしまっていた。
ああ分かってしまったら、なんて、






「…まぁ今までこれと言って問題もねぇわけだから、そのままでいいんじゃねぇか?」

「い、いや、かっっなりのご迷惑を知らない間にかけていますよ…。本当にすいません。」

「夜な夜な歩き回られたら目障りだが、横で寝るくらいどうってことねぇ。」









なんて、

わたしはこの人に依存してしまっているんだろう。



気を遣ってくれているのだろうか。
なんてことないといつもの顔で言う彼の横顔にわたしは思わず胸がぎゅうと締め付けられる。まぁこの人が気を遣うわけがないので、多分本当になにも思っていないだけだろうけど。





「…それでもやっぱり毎日のように部屋に行くのは、実弥さんもゆっくり寝れないでしょう。わたしのせいで、そんな、」

「気にしねぇって言ってんだろうが。」

「いやでも、」

「うるせぇなぁ、名前が初めから俺の部屋で寝れば済む話じゃねぇか。」

「な、」






もしかしてこの人はわたしを5歳児がなにかかと勘違いしているのではないだろうか。

一緒に寝る、だなんてそれはもう色々とアウトな気がしてならない。
だけど現にわたしが覚えていないだけで、実際には二人で寝ているわけであって。ああ考えただけでも顔から火が吹き出そう。
実弥さんの優しさでこう言ってもらっているだけ、なのは分かっている。分かっているんだけども、






「…でも流石にちょっと、」

「あぁ?」

「お、お忘れかもしれませんがわたしも一応女でして…、やっぱり一緒の布団でだなんて、」

「おい、誰も一緒の布団なんて言ってねぇ。お前が横に布団ひいて勝手に寝る分には構わないって言ってんだ。」







それとも一緒の布団で寝たかったかァ?、とにやりと頬を上げて揶揄うようにして笑う実弥さん。
そして自身の顔にだんだん熱を感じてきたところで、やっと失態を犯したことに気付く。
穴があったら入りたいとはこのことを言うんだろうか。ここだけの話、朝起きて実弥さんの腕の中にいる自分を想像してしまったなんて死んでも言えない。うん、これは墓場まで持っていくとしよう。









「…………変態です、」

「勝手に言っとけ。で、今日はどうすんだァ?どうせ屋敷に居ても俺がいねぇと寝れねぇだろ?」

「……ん〜〜もう!任務について行きますよ!!そして帰ってきたら実弥さんの部屋に布団を引きますよ!特大のふっかふかのわたしの布団を!!」







邪魔なんて絶対言わせませんからね、と勢い余って最後に付け加えるかのように言うと、はいはいと実弥さんは呆れたように笑っていた。
そしてまたわたしはその顔を見ながら、子供扱いしないでくださいと捲し立てるのであった。










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