「………と、同じ夢を何度も見るんです。それであまり眠れなくて、」

「成る程…、きっと名前さんが以前の記憶を思い出したことが関係しているのでしょうね…。」









最近繰り返し繰り返し同じ夢を見る。というのも、あの鬼と対峙したあとに見た、わたしの昔の記憶なのであろうあの映像を狂ったように毎日見るのだ。夢の中で両親、姉と共に狭い狭い部屋の中。息苦しさをリアルに感じながら、でも状況を打開する術もないもどかしさが募るばかりだった。それに、単純に寝たかった。夢で魘されることなくぐっすりと。

そんなこんなで蝶屋敷へと向かい、現在しのぶさんにご相談しているわけである。



「睡眠導入剤を渡しておきますね、とりあえずこれで前みたいに寝られると思います。」



診察室にしのぶさんの心地の良い声色が響く。しのぶさんのこの温かい雰囲気がわたしは好きだ。ありがとうございます、と一言感謝の言葉を述べると、先程まで緩やかに弧を描いていた口角がさらに上がった、かと思うと、



「それで、最近不死川さんはどうですか?以前となにか変わったところはありますか?」



と揶揄うかのように笑ってみせる姿に、わたしは思わず首を傾げる。
変わったところ、というのは何だろう。風邪とかそういう体の不調云々の話ではなさそう、ということはどういう意味だろう。いやでも特にこれとって変なことはなかったはず。






「た、多分いつも通りだと思うんですけど…。」






そう答えるとすぐつまらなさそうな顔をし、はぁと短いため息を吐きながら眉を下げた。




「あそこまで言ったのに…。」

「…しのぶさん?」

「名前さんも名前さんですよ?もう年頃の女性なんですから。」




何に対してしのぶさんはこんなにも呆れているのだろうか。終いにはわたしにも。あまりに覚えがなさすぎて首を更に傾げると、しのぶさんは諦めたようにまた優しく笑った。






「名前さんにこんなこと言っても分かりませんよね。」

「え、わたし貶されてます?」

「ふふ、秘密です。」




自身の口元に人差し指をあて一瞬妖艶に微笑んでみせたしのぶさんは、女であるわたしも思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。結局何のことだか分からずじまいだったわけだけど、それ以上話すつもりがないらしく立ち上がり棚からひとつ薬を出した。何のことか気にならないわけでもなかったが、しのぶさんがなにを考えているのか分からないのは今に始まったことではない。少し気になるけど、まぁ、いいか。





「あ、そういえばこの間は薬ありがとうございました。初めての痛みで、本当参りました。」

「いえいえ。おめでたいことです。またいつでも来てください。」







しのぶさんはわたしの両手を取りぎゅっと胸の前で握る、と手の中には薬がひとつ。
これで夜寝れるといいのだけれど、と思いながらその薬をぎゅっと握りしめた。


















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ああ、まただ。




《名前も一緒にお父さんのところへ行こう?》




息苦しい。居心地が悪い。吐き気がする。




《ほらこっちにおいで。楽になるよ。》




嫌だ嫌だ嫌だ、と頭の中で唱えるも声を発することができない。夢の中だと分かっていても、迫り来る恐怖にただ震えることしかできない。否、怒りで震えているのか。
手を取られぎゅっと抱きしめられる体は温度や感触などなにも感じない、だけどなにか気持ちが悪い。






お母さん、と漸く絞り出た自分自身のか細い声にはっとして目が覚めた。
目を開けると自室の見慣れた天井で、ああまたあの夢を見たんだ、と一つため息を落とす。手を額にやるとべっとりと酷く汗をかいていた。額だけじゃない、全身に汗をかいている。





「…きもちわるい、」



ベタベタした体にぴったりと服が張り付いていて、どうしても不快感に耐えられない。軽く風呂に入って汗を流そうか、そうすればこの寝苦しさも少しはマシになるだろう。









自室から出ると先程までの重苦しい空気から解放された気がして、少し息がしやすくなった。軽く深呼吸をして風呂までの長い廊下を歩く。



その途中、実弥さんの自室の前でふと足を止める。

実はというと、わたしが昔の記憶を思い出したことは彼には言っていない。思い出したといってもかなり断片的なものであるし、夢の話だと一蹴してしまえばそれまでだった。
それに、自身の過去の話は少し言いづらい面もあった。わたしも実弥さんもお互いに過去のことは何も知らないし、話したこともない。簡単に踏み込めるほど深い関係でも、かといって何も興味がないくらい浅い関係でもない。
聞くに聞けないこの関係をずっと続けてきたのだ。






「難しいなぁ、」



わたしの人生は大袈裟かもしれないけど実弥さんと出会ったときから始まったようなもので。
短いかもしれないけど、それが全てで。
過去のことなんかに囚われたくないのに。









ガタッと突如音がしたかと思うと、閉められていた襖がゆっくりと目の前で開いた。襖の向こうには傷だらけの胸板を大きく開き、わたしを見下ろす実弥さんの姿があった。突然のことに理解が追いつかず目を見開くわたしに対し、実弥さんは至って冷静な顔だった。





「やっぱり名前か。」

「なんで気づいて、」

「こうやって夜這いされちまうからなァ。」

「…、」


なんてことを言うんだこの人は。よ、夜這いだなんてふしだらな。思わずじろりと実弥さんを見ると、くくっと喉を鳴らして楽しそうに笑った。




「そんな顔すんな、冗談だろ。」

「…未成年相手に最低です。」

「それで?何か用でもあんのか?……っていう時間でもねぇな。」



時刻は丑三つ時を回っている。確かにこんな時間に寝ていないことに疑問を抱くのも無理なかった。それはそうなんだけれど、実弥さんもよく起きていたなぁ、と。それともわたしの気配で起きたのだろうか。



「寝汗を流そうかとお風呂に。」



ふーん、と対して興味なさそうにわたしの様子を見る。寝れない、なんてそんな子供じみたこと言えるわけがなかった。




「寝れねぇのか?」



と、確信をついたその言葉に思わず驚いて息が止まった。隠しても気づかれてしまうのはわたしが分かり易いからか、一緒にいる年月のせいか。


「…分かりますか?」

「ここ、すげぇことになってるからな。」


そう言いわたしの顔に手を伸ばすと、目頭から目尻にかけてツーっとなぞるように触れた。隈ができていたのか、余程酷い顔をしていたんだろう。ああ、でも少し人肌に触れたからか指先から伝わる温度が心地いい。








いつもならこんなことはしない。






「…な、」





だけど、寝れていないせいで頭が働かなかったからかーーーーーー今思えば言い訳に過ぎないけどーーーーーー気付けばわたしに触れていた実弥さんの手を取り、頬に当てるようにしてぎゅうと握っていた。
触れる面積が広くなった分、伝わる熱も大きくなり心の底からじわりと広がる暖かい"なにか"に浸ってしまう。






「………に、してんだァ。」

「……寝汗を擦り付けているんです。」

「てめぇふざけてんのか。」



「嘘ですよ、大人しく風呂に入って寝ます。」







助かりました、と告げ手を離す。実弥さんはよく分からない顔をしていたけど、そんなことより今は心地良い睡眠が取れそうな気がする。


頬に残った温もりを忘れないうちに。
悪夢なんて取っ払ってしまうほどの安堵感を体に覚えさせて。









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