今まで見たことがないくらい顔を赤く染めあげ、いつもハキハキと話す姿からは想像できないくらい途切れ途切れに言葉を紡ぐ名前は見たことがなかった。
確かに考えてみればこいつも14。そういうのがくるのは当然なのかもしれないが、なんせ突然のことで頭が付いていかなかった。
なにも言えずにいると俺の様子が気になったのだろう、大丈夫ですよ、と眉を下げて言う姿に尚更言葉が見つからなかった。
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「あらそうなんですね。おめでたいことです。」
「めでてぇ、か。」
朝の出来事があった後、そのままの足で蝶屋敷に向かった。あんなに不調そうな顔を見たのは前に風邪を引いたときくらいで、そんな名前を見るのはどうも調子が狂う。胡蝶ならば薬の一つや二つ、処方してくれるであろうと思い訪ねたところ、相変わらず嘘くさい笑顔を貼り付けている彼女がいた。
「それで、なんで不死川さんはいつもより苛々していらっしゃるんですか?」
ちょっと待ってくださいね、と言いながら薬剤がある部屋の奥へと進む背中を見た数分後、戻ってくるなり素っ頓狂なことを言い出した胡蝶に自然と眉間に皺がよる。
苛々している?何を言い出すのか、と胡蝶をぎろりと睨むが気にしていない様子で腕を後ろに組み、俺に一歩一歩近付く。
「苛々している、というよりは変化に順応できずに焦っているように見えますね。」
「はぁ?」
「名前さんも子供のままじゃないんです。いつまでも気付かないふりをしているからですよ。」
可笑しい、とぼそりと口にするその口角は上がっていて、俺の目の前まで来ると強引に手を取った。胡蝶の挑発するような発言に反論する言葉が脳内を駆け巡る、がそれを口にできないのは一体何故か。その手を振り払えないのは何故か。
「……名前さんも立派な女性なんですよ?」
「…何が言いてぇんだ。」
「いいえ。不死川さんも意外と初心なんだなぁ、と。」
はいお薬です、と離れた掌の中を見てみると、包み紙が一つ握らされていた。ぐしゃりと音を立てながらそれをポケットに強引に突っ込む。いちいち癇に障る言い方しかできないこいつの物言いに思わず舌打ちが溢れた。
「ちゃんと渡してあげてくださいね、きっとそれを飲むだけで楽になります。」
「そうでなきゃ困る。わざわざ来た意味がねェ。」
「あと私が言った言葉の意味、しっかりと理解して頂けると幸いです。」
今後のお二人のために
そう言い残すと背を向けて、また屋敷の奥へと戻っていく胡蝶にまた何も言えなかった。
粗方それは胡蝶が言ってたことが全部図星だったから、腹がどうしようもなく立ってしまうわけであって。でもこの苛々をどこかにぶつける術もなく。
「………クソが。」
理解、なんてしなくていい。
もう分かっている。
調子が狂うのはあいつが普段の様子と違うからではなくて。
戸惑ってしまったのは突然の出来事だったからではなくて。
単純に顔を真っ赤にする名前がただの一人の女として見えたことに対して、俺はこんなにも動揺してしまっている。
だがそれを認めてしまうのはどうも癪で。
今後の二人のためを思うのならば尚更理解するものじゃない。
この先変わらずこのぬるま湯に浸かったような関係がずるずる続くのだけは御免だ。いつか名前も俺の元を離れるだろうし、そしてどこかで所帯を持って阿呆みたいな顔して過ごしてくれれば、それで。
だから蓋をするしかない。
この生活が終わるまで。
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