Nは一瞬足りとも私から離れてくれない。食事をする時も、寝る時も、トイレやシャワーを浴びる時でさえ着いてくる始末だ。さすがにトイレやお風呂の時は扉を一枚挟んで待っている形になるが――それでも私にとっては苦痛だった。何が一番苦痛か。それは着替えをする時だ。下着姿だけではなく何も身に纏っていない状態の私もNは見てしまっている。何かされたという訳ではないが視姦という言葉があるように、着替えている姿を見られるのは決して心地のいいものではなかった。

こんな生活、耐えられない。逃げ出してしまいたい。Nとの生活を始めてからまだ三日目だが、早くもそう感じてしまう。Nは私が逃げ出さないように見張っているのだろうけど――。

「ねえN、いい加減にして。私はここで罪を償う。だから着替える時ぐらいは違う部屋に行ってくれない?」
「お風呂もトイレも中までは入らないって譲歩してあげたのにまた我が儘言うの?別にいいでしょ、減るもんじゃないし……いたっ!」

枕を投げつけてやった。

Nは女心というものを微塵もわかっていないようだ。それどころか理解すらしようとしない。行く宛もなければ此処が何処かもわからない為逃げ出す気なんて毛頭なかったが、Nがこの調子では私のストレスが溜まっていく一方だ。こんな生活は終わらせたい。

「だって君、僕が質問したって何も話してくれないじゃないか。それなのに僕にはあーしろこーしろって……それは理不尽だと思わない?それに、君が着替えに行くと嘘をついて窓から逃げ出す可能性だって0じゃない。信用してない訳じゃあないけどね」

信用なんて微塵もしてない癖に。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりに唇を噛み締める。胡散臭いNの笑顔が頭にこびりついて離れない。そりゃあ、文字通り四六時中一緒にいるのだから離れる訳もないのだけど、とにかく彼から解放されたかった。落ち着ける場所がトイレとお風呂しかないなんてそんなのはあんまりだ。

「それじゃあどうしたら私から目を離してくれるの」
「……ごめんね、そんな顔をさせたい訳じゃないんだ。でも僕は君から離れられない。原因を作ったのは君の方だよ、名前」

Nは謝る時、一瞬だけ泣きそうな顔をする。――私はこの表情に弱かった。怒りに満ちていた心がすっと冷めていくのだ。寧ろ私が悪い事をしてしまったような、そんな錯覚に陥る。

「……ずるいのはNの方じゃない」
「どうして?」
「そんな顔で謝られたら、私何も言えなくなっちゃう。それをわかっててやってる癖に」

Nは薄い笑みを浮かべて、私の傍へと歩み寄る。酷く嫌な予感がしたので後退ろうとしたが、私がそうする前に細い指が私の腕を捉えた。私の髪を撫でてくれた優しい手であり、私の髪を引っ張った恐ろしい手でもある。

「名前はかわいいね」
「えっ?」
「想像していたよりずっとかわいい」
「なに、突然……」
「いいや、なにも。――ほら、僕は出ていくから早く着替えなよ」

掴んでいた腕を離して私に背を向けるというNの行動に、私は疑問符を浮かばせる他なかった。どういう心境の変化か知らないが、どうやら私の要望は受け入れて貰えたらしい。――どうせただの気まぐれだろうけど。

着替え終わったのでNが居ると思われるリビングへと向かう。お礼を言わなければ、と思ったのだ。きっと、私の気持ちを汲んでくれたのだと思うから。最初からそうしてくれていればこんな事にはならなかったのだけど。



「N、ありがとう」

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